第44話 18 リン始動



「なんて素敵な部屋なんでしょう」


 母親に案内されて彩香の部屋に入ったリンが言う。


「お母様の人柄が伺えますわ。(おいおい、まさに言語自動操縦されてるやん。そんな機能、聞いてへんで。)」


 それに答えて母親が言う。


「あらぁ、そんなことございませんわ。おほほほほほ」

 

 何故か母親まで脳細胞の故障が起こったようである。

敬語の使い方が一段上がっている。

というか、普段「おほほほほほ」などという笑い方などしない。

夫が夫なら妻も妻である。

アホの再来か?


「それに、失礼ですが、ベッドのシーツ、シワひとつありません。お母様の細やかな愛情を感じます。それだけでも彩香ちゃんが幸せの中で育っていることが感じ取れます」


「あらぁ、当然のことでございますわ。おほほほほほ」


 いかん、「そんなことございませんわ」が「当然のこと」に変換されている。

とうとう脳細胞が自然発火したようだ。


 リンは、そんな母親を上手く部屋から退出させて、今は彩香と二人きりになれている。


「ぺぺちゃん、どこ?」


「そうね、でも秘密よ」


 そう言うとリンは彩香に見られないように背を向けて胸の扉を開ける。

一瞬、リンの肩が、がくり、と落ちたように見えると、ぺぺが現れた。


「いやー、まじ、僕、汗かいたわ」


「ぺぺちゃんも、汗かくの?」


「え? いやね、それは言葉の綾、言うもんでな」


「ことばの彩?綾?」


「うーん、ちょっと言葉に飾り付けする、いうかぁ、間違いやないねんけど、飾り付けし過ぎる、言うかぁ・・・。」


「あやか、おかざり好きだよ」


「せやろ! お飾りって、いいよね」


「うん! ぺぺちゃん、どこから出てきたの?」


「うっ、それは胸いうか、ドアいうか・・・。」


「ぺぺちゃん、時計に入ったり、せんせいに入ったり出来るの?」

(あかん、子供に嘘はつかれへんわ)


「でも、リンせんせいは?」


「えっ、ああー、あれね、そうそう、リン先生ね、今、お休みしてるみたいやね」


「ふーん、リンせんせい、急におやすみできるんだ」

(あかん、どないせい言うねん。)


「あやか、せんせいとお話ししたいな」


「うっ、せやね、そらせやね、ちょっと僕、先生、起こしてくるわ」


 そう言うとぺぺはリンの胸の扉へと進んで行った。

リンの肩がしっかりと持ち上がったかと見えると、リンは振り向いて言った。


「先生、ちょっと疲れてたみたい。ごめんね、彩ちゃん」


「いいよ、あやか、せんせいと一緒に居たいな。でも、ぺぺちゃんとも一緒に居たい。3人でお話しできないの?」


「えっ、」


 地球型エージェント・・・。

つまりリンが初めて言葉に詰まった。

一方、マルセリーノといえば、


(「えっ」って。自動言語操縦ちゃうのん?、僕にどないせい言うのん!)


「そうね、あやちゃんには隠し切れないわね」


 そう言うとリンはシャツのボタンを外した。そして胸の扉が開いた。まるでマルセリーノに全てを託すように。


(嘘やん! 扉まで自動操縦? てか、ワイにどうせいと?)


「や、やぁ、あやちゃん、こにゃにゃちわぁー、みたいなこと言うてみたりしてねぇー」


「こんにちわー、ぺぺちゃんすごーい。でもリンせんせいは? だいじょうぶなの?」

(あかん、どんだけ忙しいねん。こうなったら奥の手や)


 そう独り合点したぺぺは、あろうことか、腹話術を始めた。


「あやちゃーん、先生だよー」


 とうとうアホを通り越して、錯乱状態に陥ったようである。


 暫くの沈黙が続いた。


 すると、その時、地球型エージェント・・・。

つまりリンの目が一瞬光ったように見えた。

リンの肩が持ち上がると、素早くぺペンギンを胸から放り投げ、シャツの胸のボタンを掛け、


「あやちゃん。実は先生ね、趣味で小型のペンギンを飼ってるの。驚かせてごめんね。だから、時々、先生の胸のポケットに入ってくるの。でも、安心してね。ペンギンを取り返しに来たんじゃないから。ぺぺちゃんを大切にしてあげてね」


「うん、あやかが、せんせいの代わりに、ぺぺちゃん育ててもいいの?」


「あやちゃん、よろしくね。それから、餌は先生が持ってくるから、それも安心してね」


「うん、たいせつにする!」


 一方、リンから、ぶん投げられたような形になったぺペンギンは、


「ぶっ」


 壁に激突し、したたかに後頭部を打っている。

一瞬、ぺペンギンの目玉が3センチほど飛び出したかのように見えた。

そして、


「一体、どないなってるいうの? 誰か、教えて・・・。」


 そう呟くと熟睡した。


 いや気絶した。

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