やぁヒーロー。
ナガイエイト
第1話
2時間目開始のチャイムが鳴り響く公立小学校。その内にある一つの教室では、一人の女子児童が泣き喚く声が響いていた。
小学5年生であるか弱く泣き虫な彼女は、その性格からよく男子児童にかわかわれていた。今日もそれが理由で泣いていた。
泣かせた男子児童は小学生ありがちの「泣ーかせたー泣ーかせたー、せーんせいに言ってやろー」と、周りから脅迫ともとれなくもないことをされていたのだが、加害者である彼には、この脅迫を正当な理論で脱する術は無い。
そして、先生が教材を持って教室に入ってくると同時に、泣かせた男子児童の友人達は、大きな声で先生を呼んだのだった。
事態に気付いた先生は急いで少女に駆け寄り、彼女と泣かせた男子児童を連れて廊下へと出た。事情を聞き、謝罪をさせる。それが基本の流れで、それだけで解決という、簡単な作業をするために。
しかし、残念なことにその簡単な仕事を先生は成し遂げることが出来なかった。さらに、それどころか事態は余計に分かりやすくこんがらがった。
「正義のヒーロー
授業中の廊下で、黒のランドセルを背負った男勝りな少女はそう名乗り、すぐさま駆け出し、そして。
「ヒーローキックッッッッッ!!!」
という名の跳び蹴りを、女児を泣かせた男子児童の肩に決めたのだった。
男子児童は当然ながら横に吹っ飛び、立ち上がることなく女子児童よりも大きな声で泣き叫んだ。それに対して愛沢は、跳び蹴りをした後に、受け身をとることなく背中から落下したことにより、肩甲骨を強く強打し、かなりの痛みが全身を駆け巡ったが、ヒーローと名乗るだけあって、下唇を噛みながらゆっくりと立ち上がった。
そんな光景を見た女子児童はいつの間にか涙を止めており、呆気にとられていた。
そして先生は、跳び蹴りをかました愛沢に向かって「コラッッッッッ!!」と叱り始めた。
だが、そんな怒り心頭な先生を見て、何故自分が怒られているのか分からない風な表情を愛沢は向けていた。
「なんで私を怒るんだ、私は正義のヒーローで、彼女を守ったんだよ。確かに少し遅れたけれど、ヒーローは遅れてやってくるからね、仕方ないさ」
堂々とし、さも自分の言っていることは理路整然としているぞ、と言わんばかりの誇らしげな顔で、彼女は言った。
そんな彼女に対して、泣かせた加害者の男子児童から、蹴られた被害者の男子児童に変わった彼に寄り添う先生は、「仕方ないさ、じゃありません!どうして蹴ったの!」と、訊いた。
しかしこの質問は無意味なもので、この質問の答えは既に愛沢は言ったのだ。だから彼女はその質問には答えず、逆に訊いたのだった。
「どうして蹴っちゃダメなの。正義のヒーローは悪の組織を蹴って倒しているのに、どうしてダメなの。人を守ることが、イケないことなの?」
「そ、それは」
新任教師である彼女は、マニュアル通りの動きしか出来ず、それ故に、普段の会話でも答えづらいような愛沢の質問に、どう答えれば良いのか悩んでいた。
しかし相手は小学5年生である。さらに言ってしまえば、精神年齢は小学3年生と言ってもよいかもしれない。そんな彼女に、真面目に答えたとしても屁理屈を言われて終わりだろう、と彼女は考え、であれば今はこの場を早く終わらせ、対小学5年生用の理論武装をするべきだと判断した。
「愛沢君、放課後残ってください」
「ちぇ、分かったよ」
「約束よ」
「うん」
しかし、この約束は守られる事はなかった。それどころか、彼女は本日を最後に、愛沢広の前に現れることはなかった。
なぜなら、彼女も、泣いた女児も、蹴られた男児も、この学校の全員が―――死んだからだ。
たった一人、自称ヒーローを除いて。
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