11)腐肉の龍-7(作戦)
幾度による魔獣の被害により疲れ切った様子のセネ村の村長グーセフの呟きを黙って聞いていた救助隊の一行だったが、ここでレナンが気になっている事を問うた。
「……ライラ達、怪我人の様子はどうですか?」
「はい、レナン様……この村には治療術師が居りません……唯一居た薬師も魔獣襲撃の折に命を落としました……何とか命を落とさずに済んだ者も、満足な治療を受けさす事が出来ず……この有様です。
村を捨ててレテ市に行く事も考えましたが動けない怪我人を捨て行く事は流石に……」
グーセフ村長の力無い言葉を聞いていたティアが、瞳に涙を一杯湛えてレナンに乞う。
「ねぇ! レナンなら……ライラ達を、皆を治せるでしょう!?」
乞われたレナンは、ティアの肩に手を置き落ち着いて言った。
「上手く出来るか分んないけど……出来るだけやってみるよ、ティア」
レナンはそう言って簡易ベッドに横たわるライラ達を見て、真っ直ぐ手を伸ばしながら目を瞑(つむ)り癒しの呪文を唱えた。
「大地と空より与えられし生命の光よ、彼の者を満たし救いたまえ……“癒しの光”」
レナンがそう唱えた途端、彼の手が白く光りライラを照らした。すると……
「うぅ……こ、ここは……?」
「ライラ!! 良かった!!」
レナンの治療魔法により癒されたライラは意識を取り戻した。ティアは感極まってライラに抱き着いて涙を流して喜ぶのであった。
レナンはそんなティアを微笑ましく見ながら、他の重症者の治療に掛かるのであった。
レナンは村長宅に居た者達で無く、村の教会や民家に寝かされていた全ての怪我人の治療を行った。
ちなみにこの世界の魔法は魔法を行使する者が体内のエーテルを、意志を持って形を変え詠唱を用いて具現化させて発動させる。
万物の源であるーテルはこの世界では空気の様に満ち足りた存在だが、普通の人間ではエーテルを体内に保有出来る量はタカが知れており治療内容にもよるが治療魔法を4、5回使用すれば体内のエーテルは消費されてしまう。
エーテルが枯渇すると魔法を行使した者は極度の倦怠感によりエーテルが自然回復するまで行動不能になってしまう。
規格外の存在であるレナンだからこそ、大勢の重病人に治療魔法を行使する事が出来たのだ。
治療を終えたレナンは村長宅でティアや副隊長ダリル達救助隊一行と共に意識が戻ったライラの話を聞く事にした。
「……ライラ……教えて欲しい、このセネ村を襲った魔獣は、キンググリズリーだったの?」
ここでキンググリズリーの話が出たライラは首を傾げ怪訝(けげん)な顔をしながら答える。
「い、いえ……レナン様。襲撃は夜でしたがはっきりと覚えています……あの魔獣はキンググリズリーでは有りません。腐りかけた様な異形の姿を持ち、近付くと鼻に付く異臭を放っていますが……アレは恐らく伝説とされる龍かと……」
「りゅ、龍だと!? 今、龍と言ったのか!? ライラ殿! ば、馬鹿な……!」
ライラの言葉を聞いた近衛騎士副隊長ダリルは驚愕のあまり、大声を出してしまう。
それもそうだろう。この世界で龍は目にする事は無い伝説上の生物だったからだ。龍と聞いたティアが割って入った。
「龍!? ホントなの、ライラ!? 伝説の魔獣なんて、まさしく冒険って感じよね! そう思わない、ミミリ!?」
大興奮のティアに対し冒険者の少女ミミリは微妙な顔をして答えた。
「……えー? 私はそんなのに会いたくないな……気持ち悪いけどグリーンワームみたいな弱いのがいいよ」
ミミリの返答に恋人でパーティーメンバーのバルドが苦笑いして答える。
「グリーンワームだけじゃ食ってけないけどな……。でも龍か……大勢集めりゃ討伐出来るだろう」
「無理だ……100人集めようが、200人でもな……アイツには剣も魔法も通じなかった……しかも火を吐き、時折空も飛ぶ……そんなバケモノに何が出来るって言うんだ……」
バルドの言葉にライラが俯(うつむ)いて呟く。
「「「「…………」」」」
ライラの呟きに皆が沈黙した。そこに近衛騎士副隊長のダリルがレナンに問う。
「レナン様……この状況……如何致しましょうか?」
ダリルが12歳のレナンに聞く事自体筋違いだが此処までの旅路を考えれば、ダリルとしてはレナンに聞く事は必然であった。レナンは落ち着いてライラに問う。
「ライラ、教えて欲しい……その、龍? が最後に村を襲撃したのはいつ? その時どれ位の被害が出たの?」
「は、はいレナン様……奴が我々とこの村を襲ったのは丁度3日前の夜です。被害は乗って来た馬が食われ、討伐隊の冒険者達も半数は襲われました」
ライラの返答を聞いたレナンは、暫(しばら)く考えてから口を開いた。
「今聞いたライラの話と、先程伺ったグーセフ村長の話からすると……龍は今日か明日の夜には、また襲ってくるだろう。それと街道にしか現れなかった龍がこの村を襲う様になったのも、最初の討伐隊の匂いを嗅ぎつけたんだと思う……残念だけど……この村は龍の餌場になっている。龍は村を襲って食い散らかした後、巣に戻り腹が空けばまた来るんだと思う。奴はきっと……この村の人間が居なくなるまで必ず此処を襲う筈だ」
レナンの話を聞いた村長のグーセフが青い顔をして呻く様に話した。
「……なんと……いう事だ……もう……この村はお仕舞いじゃ……」
そう言って頭を抱えるグーセフに対しレナンは静かに声を掛けた。
「……あくまで可能性ですが……一つだけ皆が助かる方法が有ります……ただ、此れにはバルドの協力が必要です」
「うん? 俺の?」
レナンに急に振られたバルドは意味が分らず首を傾げた。対してレナンはそこに居た全員に自らの案を説明したのであった……
◇ ◇ ◇
レナンの作戦を聞いた皆は討議の結果、それしか道が無いと理解し、早速行動を開始した。
レナンの強力な治療魔法のお蔭で、床に臥せていた重症者達は全員回復し、レナンの作戦通り二手に分かれて行動した。村に残り準備をする者達、そして“有るモノ”を取りに行く者達だ。
レナンとティア達救助班は大勢の者達と、荷馬車を複数引き連れて“有るモノ”を引取りに行った。その“有るモノ”とは……
「ごめんね、バルド……君達にあげるって言ったのに……作戦に使う事になって……」
「何言ってやがる……元々アレはお前が倒した奴だろうが……これで村の皆が助かるって言うなら大儲けだろう?」
道すがら、冒険者のバルドに侘びるレナンに対し彼は軽い口調で答える。レナンが言っているのはバルドに提供する筈だったキンググリズリーの死体の事だ。
レナンがセネ村で皆に説明した作戦は、討伐を目的とした作戦では無く、セネ村の生き残り住人を一人残らず助ける作戦だった。
レナンの予想では、今日にでも龍はセネ村を襲うと想定していた。半壊した討伐隊では如何あっても龍を討伐出来ない。
かといって村を捨てて脱出しても腹を空かした龍は匂いを追って逃げる村人に襲い掛かると考えたのだ。
だからレナンはキンググリズリーの死体を餌として村に置いて、龍がキンググリズリーの死体を貪(むさぼ)っている隙に村人全員でレテ市に逃げ込む考えだった。
腹が満たされれば龍は数日は襲っては来ない。村人を助け出した後は中央都市アルトの騎士隊で何とか撃破する。
……其処までがレナンの考えた作戦だった。
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