隣人

傍観者

隣人

____私にとって、格好いい女はずっと【ワガママな女】だった。


「黒髪に染めろ」、「年がら年中長袖を着るな」、「授業中に寝るな」との意見を右から左へ流して、問題児をやっていた。



「一条ニコ!ちゃんと聞いてるの!?移行期間だから、ちゃんと半袖にしなさい!」


「え、ヤダ。あたし冷え症だし」


「嘘をつかない!」


職員室の前で、一条ニコが女性教師に怒鳴り散らかされてた。教師の怒鳴り声が煩いせいか、周りが遠巻きにその現場を見ていた。


「っ!赤井ハルさんを見習いなさいよ!ちゃんと真面目にしてるでしょ!」


と女教師がいきなり私の方を指さしてきた。突然巻き込むな。


「あ、ハルおはよ〜」


叱られてるはずの彼女は軽く手を振ってきた。その姿を見て、私は諦めて現場の関係者になることにした。


「おはよ。……先生、冷え症ならいいんじゃないですか?昔から長袖ですし、この人。それでも脱がしたいっていうなら、砂漠にでも連れてかないと」


「えぇ!砂漠行ったら暑くても絶対日焼けすんじゃん!長袖着るわ〜」


「らしいです。諦めた方が」


カチンッときたのか真っ赤になった先生は、もういいです!と、太い足で職員室に入っていった。


「ハルちゃん最強〜!」


「いやまじで私を巻き込まないで欲しいんだけどね」


「ごーめんって!」


綺麗な赤色の混じった茶髪がふわりと浮く。

ま、いっか。と頷く。

何せ、この女の顔が好みなのである。


「ていうか、なんで長袖着てるだけであんなにキレられるの?」


「さぁ」


そうは言ったけれども、髪は赤茶色で、おまけに月曜の授業は全て寝るという【ワガママな問題児】である為に今更、「冷え症だ!」と騒いでも教師にとっては信用出来ない、のだ。



__ただ、私は彼女の髪が地毛であるのは知ってるし、寝てるのは月曜だけなので、そこまで悪い人間では無いのだ。この女は。





昼休み。いつもの男子2人と一条ニコでグループを作り黙々と昼食をとった。


「普通に疑問なんだけど、お前らなんで仲良いの?真面目ちゃんと問題児ちゃんで方向性違いすぎんだろ」


と目の前の男子がコッペパン片手に聞いてきた。


「え?……いつも席近いからじゃない?」


「かもね。毎回席近いし」


「へぇ〜」


興味無さげに返された。私も謎だよなぁと思いながらトマトジュースを飲む。美味い。


「あ、またトマト飲んでる。ハルって吸血鬼?」


「ハルちゃん吸血鬼卒業しなよ〜」


「吸血鬼卒業試験に合格出来ないのよね困ったことに……。次あるのが総合と一般なんだけどどっちがいいと思う?私的には一般を希望してんだけどさ」


とそこで皆がもういいですと顔をしたあと、


「ハルちゃん、俺が悪かったからその話終わろ」


と言われ、大人しく口を閉じた。


窓の外から、カン!と甲高い音が聞こえた。ホームランの音が聞こえる。


「あー、やってんなぁ」


ホームランボールが校外に出たのか、近くの交番のお巡りさんがボールを届けてくれてた。


「ハル〜、何見てんのぉ」


とニコが窓を覗いた。うわ、とソプラノの声の彼女がアルトの声を出した。


「もう、さいっあく」


機嫌が悪かった。




かつての彼女はこう言った。


『あたし、公務員が嫌いなんだよね。あの人たち、金貰う為とか、自分の世間体?みたいな為に働いてるってかんじでさぁ』


それから彼女は空を仰いで、


『私たち、ちゃんと働いてる善人です!て堂々としてて。その裏で、何か悪いことしてても皆に善人だって、言われるんだ……最悪でしょ』


と、涙目で言った。それを覚えてる。

___それを覚えてるので、4時間目にに配られた『将来の夢』と書かれた文字の下に小さく『警察官』と記入した私の文字を一条ニコにだけは見せる訳にはいかなかった。



「え、ハル、何これ」


呆気なく、バレた。彼女が私の『将来の夢』の紙を勝手に見たのだ。

ようやく放課後になったので、先生にこっそり渡そうと思ってたのに。最悪だ。


「何これって何」


せめてもの抵抗のように、表情と声のトーンを変えずに言った。


「いや、は、ハル、警察……目指してる訳?」


声が震えてた。


「……そうだけど」


ニコが手を大きく振りかぶった。

あ、ぶたれる。

そう思って目をつぶった。


「……、絶交」


小さく声が聞こえた後、教室には誰もいなかったし、何も無かった。もぬけの殻だった。





「え?喧嘩してんの?ニコぴっぴと?」


いつもの男子2人がパンを片手に質問してきた。


「ですけど」


平淡に返した。


「ニコってキレんのな、同い年にキレてんの初めて見たかも」


「いや、なんかイジメとかしてたヤツらにキレてんの見ただろ」


「あー!見たわめっちゃ見たわ。あいつ強すぎて笑った」


「最終的にいじめっ子がニコ様とか言ってなかったけ?」


「それは話盛って____」


パンと両手を合わせる。

シン、とその場が静まり返った。


「……ご馳走様」


スタスタと扉の外に出る。あー、うま。やっぱトマトがいちばん美味い。


「……女の喧嘩は怖えな」


「だな」




帰り道、雨が降っていた。煩かった。静かに帰りたい。毎日、毎日あの女の声で、帰り道はずっと煩いんだから今日ぐらい静かに帰りたい。交番の前を通って家に帰る。それから横断歩道を渡って、公園を突っ切る。ちょっとの近道だ。


「にゃお」


あ、猫の声。下を見ると、見覚えのある傘の下でダンボールに入った猫がいた。

やっぱ、一条ニコって良い奴なんだよなぁ、とあらためて思った。



すぅ、と一息つく。やっぱ、一旦謝るか。

私、一応悪くないけど。


善人のフリをした人間が嫌いな、悪人と言われる善人なあの女に。人助けをするくせに、人助けをする仕事が嫌いなあの女に。

まだ、ワガママと言われる彼女の隣にいたいのだ。


タッタッタッといつもの帰り道を走る。

長い真っ直ぐな道を走って、右に曲がったら、のんびり歩く一条ニコがいた。


「ニコ!」


声をかけた時、信号無視して飛び出すトラックが見えた。


「え」


走った。走って、ニコの背中を後ろに引っ張った。


「わ!いギャア!」


背中から盛大に倒れた。バシャンと水が跳ねる音がした。


「いったぁ!!」


一条ニコは煩かった。死にかけたというのに煩かった。私はただただ息を吐いた。

はー、はー、はー。一定のリズム。


「あーーー、もう!なんなの!!あんたかよ!!!」


ザァザァ降ってる雨の音よりこの女の方が何倍も煩かった。


「痛い!あんた、引っ張んないでよ!」


びしょびしょに濡れた両手を抑えて叫んでいた。ほんとに煩かった。


「あんたに助けられても私はあんたが善人だって思わない!自己満の為に人を助けるなよ!義務的に人を助けようとするなよ!」


バッグを投げられた。腹にぶつかって痛かった。


「あんたが誰かから褒められたりする為に私が助けられたなら死んだ方がマシ!!!」


プチ、と私の中の何かがキて、一条ニコのバッグを投げ返した。


「うっさい馬鹿!!!!」


叫んだ。私史上、1番の叫び声だった。ホームランボールよりも雨よりも、彼女の叫び声よりも甲高く、叫んだ。


「別に褒められたか無いわよ!!!褒めたくなきゃ褒めなくていいし、悪口言いたきゃ勝手に言えばいいでしょ!!馬鹿だから分かんないの!?」


一条ニコは少し、竦んでた。なんでかは分からない、でもどうでも、どうでも良かった。


「私が人の血を見たりすんのが嫌だから、見たくなけりゃ、人を助けようと思っただけ!私が人を助けられる力があるなら人を助けたいだけ!ていうか、それがしやすい仕事が警察だから警察なろうとしてるって話ですけど!悪い!?」


息継ぎなんか1回もしなかった。ただ、言葉が止まらなかった。


「てか、その前にさぁ!あんたを見殺しにしたら、化けて出てきそうだから自己防衛の為に助けただけですけど!!!」


一条ニコはポカンと分かりやすく変な顔をしてた。意味分かんない、と顔に出てた。


「…そんだけ!」


なんか、恥ずかしくなったので立った。立って、傘をしっかり構えて、歩いた。


「や、いや!待って、待て、ハル!」


トンと、肩に手を置かれたので振り返った。


「何」


ニヤニヤしてた。


「いや、ハルちゃん……いや、最低なヤツだな!」


にへっと笑った。綺麗な顔をしてた。私好みの顔だった。最悪だ。


「……は、知ってますけど!」


とまた前を向こうとした。


「ごめんごめんて!あたしが悪かったてば!」


えっと彼女の目を見た。


「あんたみたいな最高で最低なヤツの隣にいたの、あたし」


ちょっと恥ずかしくなって、口説き文句?と言ったら、ニッと笑われた。



「……そこのトマトラーメンでチャラ」



「アッハハハ!ほんと好きだねそれ!」



びしょびしょになった制服で走った。

制服の下に隠してる痣も、黒髪に染めろと言われてる地毛をそのままにしてるのも、全部気にしてないみたいに幸せに笑う一条ニコがただただ格好よくて、私も隣で笑った。










































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