勇者になりたくない男は仮説を立てる
三月叶姫
第1話プロローグ:勇者になりたい男
この世界はもう手遅れなのかもしれない・・・
傲慢で強欲で醜い化け物め。
しかし私達に逃げ場は無い。どんなに追い詰められても退くことは出来ない。
ただ、このまま滅びを待つしかないのか・・・
ああ、誰でもいい・・・
どうか・・・私達を・・・この世界を救ってはくれないか・・・
その者の意識はそこで途切れる。
それは誰の願いであったのだろうか?
「んん・・・?」
目を覚ますと、目の前には見知らぬ光景が広がっていた。
オレは慌てて跳び起き、周りの状況を確認する。
「な、なんだここは!?」
何やらただ事では無い事が自分に起きている事は分かった。
固く冷たい床には魔法陣の様な模様が描かれている。壁に掛けられた松明が唯一の明かりを生み出し、薄暗く不気味な空間を演出している。
窓が無いので外の様子は分からない。
しかしこの状況下の中で、オレは密かに高揚していた。
目を覚ますと知らない場所にいたとか・・・
「まさか・・・異世界に来たのか!?」
オレは「異世界モノ」と呼ばれる、異世界に転生したり召喚されたりする話が大好きだ。
異世界モノの定番は、だいたい主人公に強力な力があったり、チートスキルを持ってたりするのだが・・・
今の所、そんな力がオレの中にあるのかは分からない。
しかし、それが無くても、オレの世界の知識を活かし、この世界に無いものを生み出して、一攫千金を狙うくらいは出来るだろう。
そのお金を使って快適な生活を送ったり、田舎でスローライフな暮らしも悪くない。
でも異世界に来たのなら、やはり爽快に敵を倒しまくって俺TUEEEEの展開を期待したい。
オレは期待に胸を踊らせるが、他の可能性が頭を過ぎった。
いや、待てよ・・・もしかして怪しい誰かに誘拐されたのかもしれない・・・
オレは冷静さを取り戻すと、最近の記憶を探り出した。
たしか今日は学校に行って、いつもの様に授業を受けた。
ああ、母さんが寝坊して弁当を作り忘れたから、昼は購買のパンを買って食べたんだっけ。
オレの高校で売ってるパンは人気が高く、人混みを掻き分けて目的のパンを掴んだ。
その時に他の人の爪が当たったのか、俺の右手の甲にはひっかき傷が出来ていた。
その傷を見たクラスの女子が絆創膏を貼ってくれたのだ。
俺は右手を見ると、その時の絆創膏が貼られたままだった。
それから午後の授業を終えて、家に帰ってからコタツに入って宿題をしていたら眠くなって・・・
そこからの記憶は無い。
そして俺は制服姿のままである。
「まさか家に誰かが侵入してオレを誘拐したとか・・・?」
その可能性にいっきに肝が冷えるのを感じた。
そうだ、異世界に召喚されるとか、現実に起こるはずがない。
誘拐されたと考えた方がよっぽど現実味がある・・・
手足を縛られたりしていないのは、ここから逃がさない自信があるからだろうか・・・
コツ、コツ、コツ・・・
誰かが近づいてくる足音が聞こえる。
「誰だ!?」
オレは足音のする方向へ叫んだが、相手からの返答はない。
警戒心を強めながら、その時を待った・・・
現れたのは、漆黒のローブを身にまとった長身の人物だった。
目の下まで覆うほど深くフードを被っているため、顔の表情は分からないが、その隙間からは色白い素肌と、長く鮮やかな緑色の髪がのぞいていた。
男は頭を深く下げると、
「ようこそおいで下さいました。異世界の勇者様。そのお力で魔族を倒し、どうか世界をお救い下さい。」
・・・・・・・異世界キターーーーーー!!!!!?
と叫びたい気持ちをグッと飲み込むと、にやけそうになる顔を必死に堪え、オレは真顔を貫き通した。
勇者・・・オレが勇者だって・・・・・!?
男なら誰もが1度は勇者という存在に憧れを抱くだろう。
その勇者になる素質がオレにあるってことか!!
というか、すでにオレ勇者なの!?
ちなみにこの時気付いたのだが、どうやらこの世界に来たのはオレだけではなかったらしい。
少し離れた場所で、座ったまま目を見開き、凄い形相で周りを見渡す人物がいた。
スーツ姿のどこにでもいるような、冴えないオジサンだ。
さすがにコイツが勇者なんてことは無いだろう。
どうせ召喚に巻き込まれたモブ的な存在なのだろう。
俺はそのオジサンの存在を無視することにした。
それから、オレはこの世界の事について簡単に説明をされた。
その話を聞きながら、オレのテンションは更に爆上がりしていた。
ローブ姿の男は、この世界で起きている事、何故オレを異世界から召喚したのかを説明してくれた。
よくある話だ。
この世界では魔族による、人間界への侵攻が激しさを増している。
それに対抗するため、この国の王様の命令により、異世界から勇者の素質を持った人間を召喚することにした。
それがオレって訳だ。
召喚されたオレの体には魔力が秘められていて、特訓次第で魔法が使えるらしい。
一番オレのテンションを爆上げしたのが、この魔法の存在だ。
この世界の人間は魔力を持っていない。
しかし、異世界から来たオレの体には確かに魔力が宿っているらしい。
先程、魔力に反応して発光するという石を触らせてもらったのだが、俺が触れた瞬間、その石は神々しく輝き出した。
これでオレが魔力を持っているという事実が明らかになった。
今は魔法の使い方が分からず、その力を使うことが出来ないが、訓練すれば炎魔法や水魔法等、あらゆる攻撃魔法を使用することが出来るらしい。
しかもオレの魔力はかなり高いらしく、使いこなせばそこそこ強い魔族を倒すことも可能であるらしい。
そして魔族を倒すと、魔石という石が手に入り、その魔石はかなり良い値で売れるらしい。
つまり、魔族を倒せば倒すほどお金も名誉も手に入るってわけだ。
勇者として魔族を倒しまくり、人々に感謝され、なおかつ豪華な生活を送ることが出来る!!
あわよくば美女にモテてハーレム生活!?
やばいww妄想止まらんwww
オレは話を聞きながら、勇者らしからぬ妄想を膨らませていたため、途中からよく話を聞いていなかった。
気付いた時には、国王のいる謁見の間に連れていかれていた。
オレとしてはさっさと魔法を使えるようになって魔族を倒しに行きたいのだが、国王から直接使命を言い渡されるのも、異世界モノのお決まりのパターンってやつだ。
そしてオレは国王様から使命を授かるのだ。
「勇者よ、どうか魔族を倒し、世界を救ってくれ。頼んだぞ」
「分かりました!」
国王の言葉に、オレは威勢よく返事をする。
これからこの世界でオレは勇者として生きていく。
この世界の主人公は間違いなく、オレなのだ!!
「すみません・・・その話、辞退させてもらってもいいですか?」
突然聞こえてきた声に、オレはハッと思い出した。
忘れていた存在に。
チラッと横を見ると、そこには申し訳なさそうに右手を上げ、国王を上目遣いで見上げるスーツ姿のオジサンが立っていた。
そして事態は思いもよらぬ方向へ進み出すのだった・・・
俺は果たして俺TUEEEEな勇者ライフが送られるのだろうか・・・・・・?
異世界ハーレム生活は・・・・・・?
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