第6話


「むぅ……」


 ソラは脱衣所で早速固まっていた。

 腰の小太刀を外したまではよかったが、今身に纏っているドレスの脱ぎ方すらわからないのだ。

 一度シャツのようにずぼっと行こうとするも、腰の辺りが動かない。


『さぁて、私の出番ね!』


 溌溂とした美の神の声がソラの頭に響く。ちなみに創造神は『父さんは覗いてはダメだろう』と引っ込んでいる。


『まずそのドレスは腰の紐と両腕の紐を解かないといけないわ』


 言われて目線を腰に向けて見れば、コルセットの代わりに白い紐が小さな蝶結びに結ばれていた。動きやすさを追求した結果の物で、きつく締め上げているわけではない。


「なるほど……」


 未知の仕組みにソラは頷き、スッと腰、両腕の紐を抜いていく。


『これで脱げるはずよ』

『あ、ありがとう』


 ようやくドレスを脱ぐことが出来たソラ。

 脱衣所に置かれている姿見をチラリと視界に入れると、そこにはデパートのマネキンでしか見たことのない、下着姿の少女がいた。


 気恥ずかしくて、すぐに目を逸らす。


『ふふふっ、貴女はもう女の子なのよ? 恥ずかしがらなくていいわ。ほら、次はブラジャーを外すわよ?』

「……うん」


 普段とはうって変わってしおらしい態度のソラに、段々と美の神の声が喜色を含みつつも、優しいものになっていく。


『まずは目で確認しながら外しましょうか。ホックを前に回して……そうそう。ホックの両側を摘んで、内側に寄せるの。そして……あら、そうそう! 上手よ!』


 ソラは自分の身体を極力見ないようにしながらも、ふにふにとした柔らかい感触に指先を震えさせた。それでよく上手く外せたものだ。


 そしてようやく全裸になり、浴室へ辿り着く。この時点でまだ温まってもいないのに、ソラの頬は赤く染まっていた。


『さぁ! 次は髪と身体の洗い方よ!』

『身体くらい自分で洗えるし……』


 自分でやりたがる子どもの様な態度を取ったのは、ささっと洗って終えてしまおうという、ソラの無駄な抵抗である。


『あら? 女の子の肌は繊細なのよ? 男とみたいにわしゃわしゃ乱暴に洗っちゃダメなの! 時間が掛かっても、ちゃんと丁寧に扱わないとね!』


 無論、通じるわけもなく。


「……くそう」


『じゃあどんどんやっていくわよ!』


 そして美の神によるソラへの熱血美容指導が、ついに始まる。


『用意してあるのは石鹸かしら。ソラ、次からはちゃんとした道具を持ち歩くようにするよの』


『いい? 髪はちゃんと労って洗うのよ』


『リンスを使わないなんてあり得ないわ!! 今からマジックハウスに取りに行きなさい!!』


『今はボディータオルを用意していないけれど、あってもゴシゴシ乱暴にしちゃダメよ? 赤くなってヒリヒリしてしまうわ』


『ダメよ! 水は上から掛けちゃ! 顔を洗う時は、下から掬うようにするのよ。そうそう』


 


 そしてソラが湯船に浸かるのを許されるまで、そこから30分は要しただろうか。

 身体を洗うときは必死に目を瞑っていたものの、その分感覚が鋭敏になるわけで……ソラは掌で男の頃とは違う柔らかい感触にすっかり参ってしまった。無事、ソラの命を保った心臓に労いを掛けてやらねばならないだろう。


「はぁぁぁ……溶けるぅ」


 今日は一日空を飛んだり、ナンパされたり、新しい服について学んだり……身体を洗ったり。転生初日だが随分と濃い日を過ごした気がする。

 まだ今日が終わったわけではないが、何かをやり遂げたような充実した気持ちで湯に浮かぶソラ。

 凝り固まった疲労感が、氷のように溶けてゆく。

 

 満足するまでじっくりと湯を堪能した後、浴室を後にした。


 美の神監修の下、迅速に髪と身体をよーく乾かし、次は着替えである。やはり恥ずかしすぎるので出来るだけ裸でいる時間は短くしたい。

 サッと脱衣籠に手を伸ばしたのだが……


『あら、ダメよ。おんなじ服に着替えるなんてナンセンスだわ。私が回収して綺麗にしておくから、貴女はポーチの中にお父さんが用意してくれた服を着るのよ?』


 と言われて、ふっと黒いドレスは姿を消してしまった。


「あう……」


 ソラが抗議するも、ちゃんと対策は打ってあるとのことで、ここは譲る気がないようだった。


「まぁ確かに、こんな軽装で冒険者なんて不自然か……。遅かれ早かれ、だな」


 こうなったら、規格外の神器であるこのアイテムボックスの性能を誤魔化す作戦に変更である。


 さっさと切り替えたソラは、言われた通りポーチに新たに入れられていた洋服と下着一式を取り出す。


 洋服は、コバルトブルーのポーチよりワントーン明るい、ターコイズブルーのノースリーブワンピースだった。


 目を瞑っていたため、下着を付けるのには難儀したが、このワンピースは楽に着ることができた。上からずぼっ、以上である。


 この服がアイテムボックスであるポーチから出て来たのはもう隠せないため、差すところがなかった小太刀二本を、ええいとポーチへぶち込み、ソラは脱衣所を出た。


「ソラ様、手ぶらで浴室へ向かわれたそうですが、どうやらレオナお嬢様の言う通りお着替えは用意しなくてもよろしかったようですね」


 ハンセンが控えさせていたのであろう、若いメイドがすぐにソラに気づく。


「私にはこれがありますからね! お風呂はすごく気持ちよかったです」


 堂々と明かすことで、何も隠してなんかいませんよというフリをするソラ。若干ヤケになっているのは否めない。


「それはよかったです。御当主様にも、ぜひそうお伝えください」

「もちろんです」

「ではこちらへ。もうじきお食事の準備が整います」


 メイドはソラを客室とは違う方向へ案内する。

 やはり食事を貴族と共にする必要があるようだ。

 マナー云々に気を遣わないといけないと思いつつも、ソラの気分は上向きであった。


 SIOでの食事が美味しかった分、この世界の貴族の食事にも期待が高まっていく。


 

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