第4話
ソラは、森を抜ける前に【霧化】し、上空を飛んでいた。街に面した森の出入り口付近では、やはり何人かが森の調査に訪れているようだった。
ソラに気づく様子は無い。
全身霧になっているため頬はないが、自分の予想が当たったことに心の中で笑みを浮かべ、その頭上を過ぎて行く。
森から逃げ出したであろうゴブリン、頭突きイノシシ、コボルトが散見される草原を飛び越え、ようやく初めての街へ。やはり、魔物たちはSIOで見たことのある姿だった。
人目に気を配りながら、誰もいない路地裏を見つけて、ようやく【霧化】を解く。
「ふう……」
初めての街へ辿り着いたというのに、ソラの足取りは重い。初期ステータスによるスキルの連続使用はスタミナに応えたようだ。
さっさと大通りの人の流れに加わり、薬草を売れる場所を探しにいく。早く休むために、宿代を手に入れなければならない。安宿になるだろうが、無いよりはマシだ。
薬草、もしくはポーションを売っていそうな店を探し、キョロキョロとしながら街道を歩くソラ。
「ねぇ! あの子すっごく可愛いね!」
「わかる! お忍びのお嬢様かな?」
「おい、あの子武器持ってるし、冒険者じゃないか? 上手くいけばうちのパーティーに誘えたり!?」
「馬鹿だな、あんな綺麗な服着た冒険者がいるかよ! どっかのご令嬢だろ」
美の神に与えられた姿により、ソラは注目を集めつつある。だが、前世が男であるソラにはその自覚はなかった。
するとそこへ……。
「お嬢ちゃん可愛いねぇ。何してんの? 一人?」
「オレたちがいいとこ連れて行ってやるぜ〜?」
「キシャシャシャシャ」
大通りのど真ん中だというのに、ソラをナンパする柄の悪い男たち。各々が野蛮で取り扱うのに苦労しそうな武器を背負っていた。
「うわ……」
いままで向けられたことのない類のベタついた視線を向けられたソラは、ドン引きしながら思わず身震いしてしまう。
「キシャシャ、貴族の紋章はどこにもついてないですぜ! こりゃあアタリだ!」
ソラが動かないことをいいことに、男の一人がソラの周りをぐるりとまわり、品定めを済ませていた。鞘に収まった小太刀二本も目に映ったはずだが、自分たちで抑え込めると思っているようだ。
「くっ、こんな大通りで!」
前世が男であるために、こんな絡まれ方は経験にない。完全な想定外だった。咄嗟に腰の小太刀へと手を回す。
すると――
「何をしているのだ貴様ら!!」
ソラを庇うようにして現れたのは、細身の剣を腰に刺した、緑髪の女騎士。
「やべぇ、【疾風のレオナ】だ! お前ら、ずらかるぞ!!」
「へ、へい!」
まだ若く見えるが、余程の有名人なのだろうか。彼らはその姿を見た瞬間、尻尾を巻いて逃げて行く。
「次こういうことを見かけたら問答無用で豚箱にぶち込むからな!! ……まったく。キミ、大丈夫だったか?」
レオナは少し屈み、ソラと目線の高さを合わせた。彼女の胸元には、銀に光るカードがぶら下がっている。
「あ、はい。ありがとうございます」
本当に助かったとソラは一息吐く。あの男たちにどうにかされるとは思わなかったが、暴力沙汰で悪目立ちするのは出来るだけ避けたい。
「あの、こういう事はよくあるんですか?」
頻繁に起こることなら、対策を講じなければならないだろう。少ない資金でそれができるか……ソラは苦々しい表情で聞く。
「ここは割と治安がいい方なんだがな……。最近、森の魔物たちが溢れ出してきただろう? それを目当てに他所から駆け出しの冒険者たちが集まって来て……それで最近、ああいう輩が出て来てるんだ。お陰で、街の見回りが欠かせない始末で……」
はぁ、と溜息を吐いている。
よほどウンザリしているのだろう。確かに、レンガと木材で作られた精緻な街に、あのような輩は似合わない。
「キミも溢れた魔物たち目当ての冒険者?」
「はい」
急に問われてドキリとしたが、努めて表情には出さないソラ。
「ふーん。田舎のお嬢様かな?」
冒険者らしく無いソラの格好では、確かにその通りのイメージを相手に与えるだろう。ソラは、無理に否定すると話がややこしくなると判断した。
「まぁ、そんなところです。力を付けようと思って」
「なるほど。見たところ、結構実力はありそうな感じだな。あのままだと3人とも斬ってただろう?」
ソラは初めて驚いた表情を見せた。
結論は峰打ちにするつもりだったが、確かに一瞬だけ斬ろうかと思った。その時にでた殺気に気づいたというのだろうか。
だとすれば彼女は「できる側」だ。
「相手は3人がかりで加減が難しそうだったとはいえ、街中で血を流されるのはまずいからな。止めさせてもらったよ」
ソラの表情を肯定と捉えたようで、レオナは続けた。
「……助かりました」
「礼はいいよ。むしろ、こちらからお詫びをしたい。この街の住民も、薄情なわけじゃないんだ。ただ、こういったことに慣れてなくてね。まぁ、だからこそ私みたいな者が警備しているのだが」
「いえ、そんな。わからなくもないです」
「いや、それではこの街の代表の一人として気が済まない。宿屋を紹介……するにしても、また同じ目に遭わないとも限らない。かと言って上品な宿は高いし……。そうだ、キミさえ良ければ我が家へ来ないか?」
レオナは少し考え込んだ後、名案が浮かんだと言わんばかりに顔を上げた。
「……今日初めて会ったばかりの人にお世話になるわけには」
「ほう、これは失礼。どうやら自惚れていたようだ。私はレオナ=ラインハート。この街を収める領主の長女だよ」
ソラは目を見張る。本日二度目だ。どうやら、この世界の人物に無知故に、貴族相手に失礼を働いてしまったようだ。
慌てて頭を下げる。
プレイヤーのいないこの世界で、貴族がどれほどの権力を持っているのかはわからないが、逆らわないに越したことはないだろう。
「すみません、私はソラと申します。失礼しました、ラインハート様」
「む、急に謙らんでくれ。私はそういう事が苦手だから、我が儘で冒険者なんてやってるんだ。レオナでいいさ」
そう言って、首にぶら下げた銀のカードを見せるレオナ。表情は明るく、微塵も気にしていないことがすぐに分かった。
「それに、私が格式張ったものを重んじていたのなら、さっき呼び捨てにして行った男たちを下駄箱にぶち込んでいたさ」
「確かに。ありがとうございます、レオナさん」
それがこの世界の貴族の常識のようだ。危なかったと、ソラは苦笑いを溢す。
「いいさ、それよりどうする? 家に来るか?」
ソラはレオナの目を見る。
その目に悪意はまったく感じられない。ソラには経験上、悪意を見分ける自信があった。
長旅というわけではないが、今日1日で随分と疲労を感じている。宿を得るまでの手間が省けるのは、ソラにとってありがたいことだった。
レオナのこの様子だと堅苦しい場所ではなさそうだし、善意での誘いに断る理由もない。
「お言葉に甘えさせて貰ってもいいですか?」
「あぁ、勿論だ! ではソラ、着いて来てくれ」
レオナは大通りを歩いて行く。
その先には、大きな屋敷が覗いていた。
『ソラ! ダメじゃ! 今日会ったばかりの知らない人に着いて行くのはダメじゃ!!』
『そうよ! 貴女はとっても可愛いんだから! きっと何かする気なんだわ!! ダメよ、ソラーー!!』
これはソラが疲れた原因の一つである。
男たちに絡まれた辺りから、ずっとこんな感じだった。
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