ワン・ユア・ザ・ネバーランド

スカイ

第1話 憂鬱からの脱出

 山崎ハヤト。


 いかにも勝ち組な名前をしているが、正直俺は負け組だ。運動神経も高い訳でなくおまけに勉強は嫌いで夢や目標も見出だせず意味もなくゲームしたり小説を読む日々を繰り返している。

 もちろん危機感は持ってる。だが思っていても行動には移せずいつも面倒なことから避けて快楽に走る。出来るなら好きなことだけして生きたい。


「はぁ……」


 自室の部屋のベッドで俺は深いため息をする。今日は特に酷い日だった。

 三年生の生活も9月に差し掛かり周り半数以上は目標の為に受験勉強で机と対話している。夢に固執してる彼らに劣等感と一方的な嫉妬を抱いてる俺はその光景を見ることすら苦痛だ。

 午後からは教師との個別面談では成績のことをとやかく言われ、「夢や目標を持て」と個人的な価値観を押し付けられる。

 

(持てるものならとっくに持ってるよ。簡単に言うなよ!)


 脳内は怒り支配され思わず口に出しそうになるが寸前のところで理性が打ち勝ち彼に対する愚痴を飲み込む。


 帰ってきたら今度は親から一学期の成績に対してのネチネチした嫌味を浴びせられる。度重なるストレスに「うるせぇな!」と暴言を吐いてしまった。けど悪いのは理不尽な大人。親も教師も最低だ。


(どいつもこいつも好き勝手言いやがって)


 誰も俺の心を理解しようという努力すらしてくれず、俺を悪とみなしただ一方的に自らが正しいと自惚れた正義で話を進める。

 有名な大学に行って大企業に就職することが正しいのか、夢や目標を持つのが正しいのか。好きなことだけをやっては駄目なのか。

そんな考えを社会や大人は許さず子供の甘えた戯れ言だと一蹴する。


「ふざけんなよ……」


 もう嫌だ。生きるのも辛い。大人も社会も死ねばいい。好きなことだけをして生きたい。夢なんてどうでもいい。


 思わず涙が溢れ嗚咽する。どのくらい時間が経っただろうか。泣きに泣いた後は今度は眠気が襲う。


(いっそのこと別の世界にでも行きたい)


 あるはずのない希望を抱きながら俺はそっと目を閉じる。


___________


「っ……」


 ひんやりとしていて草のような感触が頬に伝う。ベッドとではない。寝相のせいで床に落ちた?いや床はこんなに柔らかくない。

 そうこう考えている内に、次第と意識がはっきりする。目のぼやけはなくなり曇った音もよりクリアになっていく。


「えっ?」


 寝そべっていた身体を起こし辺りを見回した世界は唖然とするしかなかった。空の色は虹のように色とりどりであり生えている植物も奇妙で現実にあるものではない。


(夢か?)

 

 小さい頃はこういうおかしな夢をよく見ており今でもたまに見る。だからこそいつものことだと焦りはなかった。

 こうやって頬をつねても痛みも感じない。


「……あれっ?」


 痛い。普通に痛い。つねられた頬は赤くなり痛覚を脳に与える。


「えっ何で?」


 気のせいかともう一回つねってみる。だが結果は変わらず寧ろ頬の痛みが事実ということを裏付ける結果になってしまった。


「まさか……」


 ここが何処なのか全く分からない。だが一つ言えるとすれば今起こってる出来事は夢ではなく全て現実だということ。


「やった!」


 突如としてこんな未知の世界にいたら困惑したり絶望するのが普通だろう。だが俺の心は歓喜に包まれていた。


 あの苦しみしかない世界から解放されたこと。現実味がない願いが叶ったこと。その二つの感情が心に存在する理性と不安をかき消した。


「遂にあんなゴミでしかない世界から解放された!」


心が踊る。スキップするように歩き辺りを散策する。その時だ、奴が現れたのは。


「そんな反応をする人は君が初めてだよ」


「ん?」


 何処からか声がする。女性か男性か分からないどちらともとれる美しくも不穏な音色。辺りを見回すが声の主らしきものはいなく幻聴なのではないかと考えるが耳元はその声を聞いた確かな感覚があった。


(何だ?何処から……)


「いないいなーい……ばぁぁ!」


「うわっ!?」


 突然目の前に現れる不気味な仮面。ホラーは苦手で反射的に情けない声を上げしりもちをついてしまう。


「ハハハハ!驚いたかな?」


「な、何!?」


 見上げるとそこには何とも得体の知れない人間と思われるモノが仮面を右手に持って空を浮いていた。


「いいねぇその反応、100点満点だよ!」


 まるでサーカスの劇団のようなカラフルでコミカルな衣装を纏い頭には赤と青のピエロの帽子を被っている。顔立ちは中性的で美しく、手には色とりどりの風船を持っており子供が寄ってきそうな魅力と不気味さを兼ね備えている。


「だ、誰だ?」

「う~ん、誰だと思う?」

「……ピエロ?」

「ぶっぶー!」

「じゃあ……サーカスの人?」

「ぶっぶー!」


 享楽的で子供染みてるような口調。身体付きは大人なだからこそ、よりそのギャップさが目立つ。


「じゃあ何なんだ?」

「ギブアップ?なら正解を教えてあげよう!私はマイン、このネバーランドの案内人であり使さ!」


 ネバーランド。魔法使い。子供の戯言と言われそうな言葉の数々だが今の自分にそれを疑う心も呆れる心もない。


「へぇマインっていうのか」

「あら驚かないの?君にとっては初体験のことだと思うんだけど」

「いや驚いてはいるよ、けどそれよりも嬉しくて!俺がそれまで生きてた世界は辛かったから……ここじゃない何処かに行きたかったんだ」

「ふむふむ……なら丁度いいね!」


 ただでさえ明るくテンションの高いマインの表情は更に燃え上がりきらびやかな笑顔は更に輝く。


「ここはネバーランド!何でも夢が叶う世界だよ!」






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