Dawn of the Undead

カナブン

DEATH IS DEAD

7月25日 0時13分

雲が月を隠している。


 薄い月光に浮かび上がるのは、夜の校舎だ。

白の3階建て、昇降口まで5mの位置。指定の紺制服に、黒髪を切詰めた少女がいる。


 昇降口に佇む姿は対照的だった。

片やセーラーに身を固め、金の長髪を双にまとめた小柄。

片やスーツに身を包み、けだるげに眉尻を下げた長躯の若者。


 まとまりのない面子だが——

金髪が放った一言が、ある意味でこの場面シーンのジャンルを確定させた。


「おめでとう!!あなたを“悪の秘密結社”へ招待するわ!!」



「本気で言ってるんですか?」

 黒髪の少女は慎重派だった。

「本気で――」

 表情を窺い、

「私のやったことを、受け容れられるんですか?」


薬物生成能力ソラリスを応用、顧客ジャンキーは30名オーバー」

 男が告げる。

「数値も十分。すぐにでも組織で役立てると思うぜ」


「——そういう判断ができる立場なんですね、あなたは」

「ま、この男、“タナトス”の役目はそんなところ。

 あたし、“ケルビン”とは見ての通りの関係」

 一息、

「ごめんなさいね。一人で呼び出しておきながら、こっちは数揃えちゃって

 ――コードネーム“ラストガール”さん?」


 “ラストガール”はクスリと笑う。

「20年前のラノベのセンスですね」

「17年前からほとんど変わってないのよ、ウチ

 だからこそ、あなたのような若い人材が必要なの」

 

 そこだ。

「“タナトス”さんでしたっけ? あなたも、どうせ能力者バケモノでしょうし……

 能力を持った大人がいるなら、わたしのような子供は邪魔になるはずです」


「ああ、そこは単純さ」

「つまり?」

 “タナトス”は指を立てて一言。

「人手不足❤」

「ふざけてますね」


「マ、ふざけた状況だけど……

 あんたのような準犯罪者を利用つかわなきゃいけない程度には追い込まれてんのよ」

なんせ、

「この超能力は――ウィルス性の疾患なんだから」



「なるほど」

 一通り説明を受けた“ガール”は頷き、

「つまりその……“レネゲイドウィルス”の存在を表社会から隠蔽して、それこそ超常的な利権を各方面からチューチューしてるのがあなた方の組織なんですね」

「ええ、能力の連続使用で人格に不可逆にダメージ入る超ヤバい病気を慣れた手つきでポッケないないして生き血をチューチューしてるのがウチの組織よ」

「ああ、他組織のスカウトが遅れて病状がアウト気味の女子高生をとっ捕まえて衣食住を担保して労働力をチューチューする予定なのがウチの組織だ」

「犯罪では?」

「現行法では犯罪ね」

「倫理的にも犯罪だな」

「悪の秘密結社ですね」

「うん」

「うん」

「「「はっはっは」」」


「――


 直後、“タナトス”の上半身がブチ砕けた。



 すべては一瞬の連続だ。

 “ガール”は握りもしない徒手に弾殻を生成。尻側を揮発物質で構成されたそれは思念速で激発、錆色の結晶弾頭を飛翔させる。

 超音速だ。

 無に近い一瞬で痩躯に着弾。即座に侵蝕が始まる。

 揮発と結晶がセットで連続生成。

 き、とも、か、ともつかぬ音が響く間に、攻撃は半径3mを加害し終えた。

 皆殺し。その3字だ。


「だいいち――」

 爆風に制服を翻し、“ラストガール”は問う。

「胡散臭いんですよ、あなたたち。

 自分から悪を名乗る組織があるとしたら、“悪”って言葉が生易しいくらいの内情を隠してるってのが道理です」

 しかも、

「能力は薬物生成?顧客は30名?

 組織揃って温いし雑です。私の能力は“物質変異”と――」

 応じ、周囲から数十名規模の人影が立ち上がる。

総じて動きは緩いが確実で、なにより融け崩れた瞳には余分の理性がない。

「“統率”。規模、100名。

 ……ああ、この程度で終わるとは思っちゃいませんよ。半数警戒、半数は死体を確認しなさい。能力者も殺せば死ぬとはいえ、市街に後詰めが居るはずです」

 あたりには、結晶煙が未だたなびいている。

「終わらせましょう。我々に終わりラストは似合わない」

 “ガール”は右腕で指揮タクト。総員へ指示を出し――


「いや、あんたはここで終わりよ」


 誰一人、動かなかった。


 †


「——は?」


 雲が晴れる。


 風に吹き散らされた結晶煙——の中心に、双の人影が佇んでいる。

 片や金髪。

 両の鉄拳は霜を纏い、極低温を予想させる。

 片や痩躯。

 まさに再生するその影からは無数の肉根が伸び――100の傀儡を、捕縛していた。


「101匹揃って温いし雑ね

 高位のオーヴァード戦闘に数を持ち込むなら、逐次投入がセオリー

 それに、半国家機関にかかっちゃ、売人の動向把握くらい朝飯前よ」

「だからこそ、この任務には俺たちだけが投入されたんだ

 “ラストガール”捕獲任務には、な」


 そこじゃない!!

「どうして、死にながら喋れるのよ……!!」

 結晶弾を発射、しかし、


「——俺ら超人オーヴァード、蘇生能力は標準装備だ、お嬢ちゃん」

 “タナトス”は——

 直後、現実が打倒された。


 再度消し飛んだ頭部、その空白箇所中空から、ぎゅるりと肉が湧き出す。

 半秒とかからず再構築。傷痕ひとつ残らない。


「バケモノ」

 自然、喉をついて出た。

「この、バケモノ!!寄ってたかってわたしの邪魔をして!!

 わたしはみんなをしあわせにするの!!

 あんたたちに殺されたりなんか、」

 声は続かなかった。

 ――吐息すら凍り付き、弱まる心音が土手っ腹を貫いた鉄拳に伝わる。

「そこも勘違い。捕獲って言ったでしょ?

 あんたの末路は、実験動物モルモットよ」


「こん……っの!!

 助けろお前らァァァ!!」

 喝破。即座、捕縛された傀儡から結晶弾が発射される。

 炸裂も侵蝕もなし、しかし、“ガール”に一挙動を許した。

「ちっ!!」

「寄こせッ!!」

 “ガール”は自身に着弾した結晶弾を吸収、錆色の血翼を生成。

「——薬物、物質、“血液”!!

 か!!」

 飛翔する。飛翔する。“タナトス”の叫びを置き去りに飛翔する。


――なんだあれは。

――あんなものが居ては、だれもしあわせになれないじゃないか。

――死んでもがあるなんて、

「ずるいじゃ、ないかぁっ!!」

上昇し上昇し上昇し、


「ええ、そうね」

高度数十m、霜は当然追ってきた。



「——“ケルビン”!!」

足場は風だ。マイナス数百度、窒素さえ気体をやめる温度を維持している。


「——どうして!!」

少女が叫ぶ。

「どうして、ひどいことをするの!?

 わたしの能力が邪魔なら――

 せめて、死なせてよぉっ!!」


「救うためよ、木崎 瞳」

「――あ」

 名前を呼ばれた。

「この異能は病気。病原ウィルスも、症状シンドロームも分かってる

 ——治すのよ。いつかはね」

 分析、された。

「私たちも、あなたも、あなたの傀儡も、あなたが眠らせた親御さんだって――」

 やめろ。

「治すわ。あなたを研究して!!」


「やめろ……!!」

 即座に翼を最大展開。生み出すのは結晶弾頭、101連。

「もういい!!お前らが一番悪いんじゃないか!!

 私達がいる世界なんて、続かなくていい!!」

 だから、

「錆びて砕けろ、私が最後ラストガールだ……!!」

 市街蹂躙クラス。戦略爆撃と言っていいそれは――


「いっぺん死んでからカタりなさい

 ——“タナトス”。死亡性愛者タナトフィリア

「あいよ」


たった一人の、広げた根により受け止められー


「——“ケルビン”、神の玉座ケルビム

「ええ」


たった一人の、によって収束した。


ただ、それだけのことだった。



7月25日 0時26分

雲が月を隠している。


「対象の凍結を確認、耐性獲得無し。

 バックアップ・回収班を急がせてちょうだい」

「はいよ。

 ……しかしさ、毎度思うんだが」

「なによ」

「ここまでドラマティックにしてやる必要はあったかい?」


 金の矮躯が答える。

「事実上最期の光景になるかもしれないんだもの

 全部説明して、美しいもの美少女の手で、送ってやるべきでしょ?

 それに――」

 一息、

「あんたの性癖が珍しく役に立つわ」

「サンプルか、俺は」

「それで喰ってるんでしょ?」

「なかなか死ねんな」

「お互い、ね」 


 言いつつ彼女は腰をかがめ、私にひとことこう告げた。


「UGNへようこそ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る