その9

        3




「ただ、あの宣伝だけは、よくわからなかったな」


 バスの椅子に座った俺に、弥生さんがつづけて話しかけてきた。


「よくわからなかったって?」


「ほら、宣伝すると、お客さんが思いこみで食べちゃうって奴」


 不思議に思って聞き返したら、弥生さんがおもしろくもなさそうに言ってきた。


「ほら、ほかにも、おいしいでしょうって自信満々に言われたら、勢いに飲まれて、相手がそうですねって返事をしちゃうとか。そんなわけないじゃん? 誰が何を言ったって、おいしいものはおいしいし、まずいものはまずいから」


「それがそうはならないんだ」


 俺は弥生さんの意見を否定した。


「俺だって、いろいろな能書きを聞いてからラーメンを食べたら、きちんと味を評価できなくなるし。人間ってのは、言葉に振りまわされちゃうんだよ。これは誰にでもある。弥生さんも自覚してないだけで、過去に経験してると思うけど」


「私はないと思うけど」


「ああ、そう。じゃ、仕方ないな」


 このへんのことも、来週、ビックリ商品でわかってもらうとするか。考えながら俺はスマホをだした。なんか適当にゲームでもやって時間を潰そうと思っていたんだが、また弥生さんは俺から視線を逸らそうとしなかった。


「あのさ、伸一くんがラーメン好きなのはわかってるけど、お勧めのラーメン屋さんって、どんなのがある?」


 また返事に困るようなことを聞いてきた。ラーメンに詳しくない人間ほど、こういうアバウトな質問をしてくる。仕方がないので、俺はスマホをいじくった。


「ここに書いてあることイコール俺のお勧めだよ」


 弥生さんがスマホの画面を見て、顔をしかめた。ラーメンランキングはお気に召さなかったらしい。


「あのさ、前にも聞いたけど、私のこと、馬鹿にしてるんじゃない?」


「あー、そうじゃないんだ」


 俺は手を左右に振った。


「お勧めの店なんて質問をされても、俺みたいなラーメン好きには答えようがないんだよ。そもそも、言ってることが漠然としすぎてる。醤油、塩、味噌、豚骨のどれかのカテゴライズもないし、あっさりかこってりか、鶏ガラ出汁か魚介出汁か、電車で三〇分以内で行ける距離か、三〇分以上かかる距離でもかまわないのかも言ってきてない。それに、俺が無理して、豚骨ラーメンならここがいいって言ったって、あー豚骨はどうもねーなんて返事がきたら、俺が馬鹿みたいだし。というか、俺は豚骨ラーメン屋でバイトしてるんだから、人に言うときはその店を言わなくちゃならないし。そんなのおかしいだろ? 第一、俺の好みは、あくまでも俺の好みであって、弥生さんの好みと共通するかどうかもわからない。だから、俺ひとりの好みを聞いて、それを真に受けるよりも、日本中の人間の意見を聞いて判断するべきなんだ。それでラーメンランキングを見るべきだと思って、俺はこれを見せたんだよ」


 なるべくわかりやすく説明して、俺は弥生さんの反応を待った。少しして、弥生さんが困ったように口を開く。


「あの、うん。言いたいことはわかった。だったら、ラーメンランキングを見て参考にするから。じゃ、べつの質問。伸一くんが一番よく行くラーメン屋さんって、どこ?」


「そりゃ、まあ」


 俺は少し考えた。


「日高屋だな」


 今度は弥生さんが怒ったみたいに俺をにらみつけてきた。


「日高屋って、駅前の、あのチェーン店だよね? あのさ、本当に私のことを馬鹿にしてるんじゃない?」


「ああ、違う違う。誤解してる。俺は大真面目に答えたんだ」


 あわてて俺は弁解した。


「これは、なんて言ったらいいのか。――俺みたいに、あちこち行ってラーメンの食べ歩きをしてる奴って、だんだん、変わった味にしか口が反応しなくなってくるんだよ。下手すると、何がうまくて何がまずいのかもわからなくなってくる。ラヲタのなかにも、おかしなことを言ってる人って少なくないし、俺もあぶなかったときがあったし」


 俺は過去の経験を話すことにした。

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