その9

「あの、きてくださったのはうれしいんですけど、すごくお若い店長さんなんですね。意外でした」


「あ、そうか! お姉ちゃん、この人、ラーメン屋さんの店長さんじゃなくて、鈴池伸一くんって言って、私の学校の同級生なんだ」


 あわてて大泉さん――妹の弥生さんのほう――が店長の皐月さんに説明した。そういえば、繁盛しているラーメン屋の店長を紹介して欲しいって話だったっけ。皐月さんが不思議そうにする。


「どういうこと?」


「それが、あの」


 ちょっと困った顔をした弥生さんが、俺のほうをむいた。


「話しちゃっていい?」


「この店のなかだけだったら。外にはなしってことで」


「あ、うん。じゃ、ちょっと説明するけど――」


 弥生さんが皐月さんに話をはじめた。黙って立っていても時間の無駄なので、軽く店のなかを見まわしてみる。――四人で使えるテーブル席が三つ。カウンター席は六。厨房は、ワンオペか、よくてツーオペってサイズだな。古めかしいイメージはあったが、不衛生ではなかった。床が油でベタついているってことはないし、埃らしい埃もない。きちんと掃除してある。調味料も綺麗に並んでいた。ここは、ブラックペッパーとホワイトペッパーの両方があるのか。


「ね、だから伸一くんって、ドラクエで言ったらレベル20くらいのラーメンの知識なんだけど、ちゃんとラーメン屋さんを繁盛させたって経験があるから。たぶん、なんとかしてくれると思うから」


「あ、そう」


 弥生さんの説明に、皐月さんが、一応はうなずいた。で、俺のほうをむく。


「じゃあ、とりあえずお願いします」


 と、口では言ったが、あんまり俺を信用してるって感じはなかった。当然だろう。自分の妹の同級生がラーメン屋のテコ入れにきているのだ。


「まだ自己紹介してなかったので言っときますけど、俺は鈴池伸一って言います。よろしく」


 まあ、気にしても仕方がない。俺は皐月さんを見ながらカウンターを指さした。


「で、休憩時間なのに申し訳ないんですけど、ラーメンいただけますか? 大泉さんの――」


 と言ったら、皐月さんだけじゃなく、俺の横にいた弥生さんも、なんだ? という顔でこっちを見てきた。


「ああ、そうか。いま言った大泉さんってのは、店長の皐月さんのほう。その皐月さんのつくったラーメンを食べてみないと、なんにも言えないもんで」


「あ、そうでしたね」


 皐月さんも気づいたような顔をしてうなずいた。小走りに厨房へ戻る。


「はい、ご注文を承ります」


「じゃ、失礼して」


 俺はカウンターに座った。メニューを開く。――醤油ラーメンと塩ラーメンは七五〇円、味噌ラーメンは八五〇円か。煮玉子トッピングが一〇〇円、大盛り一・五玉が一〇〇円、トッピングチャーシューが二〇〇円。あと、チャーハンもあるな。アルコールは飲めないから、これは却下。


「すみません、はじめてきた人間が食べるとしたら、やっぱり醤油ラーメンがお勧めですか?」


「あ。はい。最初だったら、やっぱりそれがいいと思います」


「じゃ、醤油ラーメンに、煮玉子トッピングでお願いします」


「あ、私も同じもので」


 俺の隣に座った弥生さんが言ってきた。皐月さんがにらみつける。


「ちゃんとお金を払いなさいよ」


「あ、はい。もちろんです」


 あわてて俺が返事をしたら、皐月さんもあわてた顔で手を左右に振った。


「いまのは弥生に言ったんです。伸一さんは、べつに」


「大丈夫です。食い逃げなんかしませんから」


 で、俺はラーメンがくるまで、しばらく待つことにした。――厨房には寸胴がふたつある。見ていたら、皐月さんは両方から出汁をすくって丼に入れていた。ダブルスープらしい。そのまま皐月さんが背をむけて残りの作業に入る。ここから先は、何をやっているのか確認できなかった。

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