その8


        3




「あとは、すぐだから」


 バスから降りた大泉さんが言って歩きだした。なるほど、ここはバス通りか。周りを見まわすと、よくある一般家屋やアパートが並んでいる。少し離れたところには団地も見えた。ここは住宅街らしい。


 で、歩いて五分くらいで、そのお店に到着した。


「ここが、大泉さんのお姉さんのお店?」


「うん。じゃあ」


「あ、ちょっと待って。まず、写真を撮らせてもらうから」


 俺は大泉さんに声をかけて、俺はスマホをだした。ついでに時間も確認する。いま午後二時一〇分か。で、店をよくながめる。――なんて言うか、大昔の日本の映画にでてくる、昭和の中華料理屋さんって感じだった。入口に書いてある営業時間は、昼の部が午前十一時から午後二時まで。夜の部は五時から。もう休憩時間に入ってるな。それから、窓ガラスにはラーメンの写真が内側から貼ってあった。ここのラーメンにはモヤシが乗ってるのか。


「モヤシ以外は、昔ながらの醤油ラーメンて感じだな」


 まあ、実際に食べてみないと本当のところはわからないが。とりあえず写真を撮っておく。つづけて見あげると、入口の上に看板があった。白地に赤いペンキで


「白桃」


 と横書きしてある。――それはいんだが、「白桃」の左側の白い部分だけが、妙に新しく見えた。そこだけ、あらためてペンキを塗ったみたいな感じである。色がはげて塗り直したんだろうか。


「それから、このお店の前もバス通り?」


 適当に写真を撮ってから大泉さんに聞いたら、あたりまえみたいな顔でうなずかれた。


「ここって、あっちの停留所と、こっちの停留所の中間くらいの場所なんだ」


「ふうん」


 そして住宅街に団地。つまり、人は大量にいるってことである。


「じゃ、あのー、紹介してください。お願いします」


「うん」


 言って大泉さんが「白桃」の扉をあけた。慣れた感じで大泉さんがお店のなかに入っていく。俺は後ろから店のなかをのぞきこんだ。


「あ、すみません。この時間は、もう休憩時間に入っちゃってて」


 大泉さんと同じ系統の、澄んだ声がした。


「なんだ弥生か」


 澄んだ声が、がっかりしたような言葉をつづけてきた。


「なんだはないでしょ。助けてあげようと思ったのに」


 言って大泉さんがこっちをむいた。


「ほら、伸一くん」


「はい。あのー、どうも、こんにちは」


 会釈しながら俺は店のなかに入った。アルコールで手を消毒してから顔をあげると、大泉さんと似たような顔立ちだが、少しだけ年上の綺麗なお姉さんが黒いエプロンを着て立っている。野球帽をかぶっているが、これは抜け毛が落ちるのを防ぐためだろう。――若いな。「とんこつラーメン ひずめの足跡」の朱美さんより年下に見える。女子大生って言っても通用するかも知れない。


「あ、あの、どうもはじめまして」


 その、大泉さんのお姉さんだと思われる女性店長が俺を見て、驚いたように頭を下げた。


「私、そこにいる弥生の姉で、このお店をやってる大泉皐月って言います。よろしくお願いします」


 ふうん、大泉さんの下の名前は弥生さんだったけど、お姉さんは皐月さんか。縄文さんじゃなかったんだな。などと馬鹿なことを考えている俺の前で、大泉皐月さんが顔をあげた。

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