その5

「あのとき、俺、ラーメンではほかに何を言いましたっけ?」


「糖質オフ麺とブレスケア」


「ああ、そうそう。それがあった。いまは糖質オフ麺なんて簡単に手に入るから、それを第三の麺として用意して、店の前に張り紙だして、『おいしく食べて、ダイエットにも最適です』ってアピールしたら女性も入ってくるんじゃないかって言ったんだよ。それから、にんにくの匂いが気になる人のためにブレスケアの無料サービスをしておくと喜ばれるかもって。ラーメン関係はこれくらいだったかな。それからサイドメニューなんだけど、鶏の唐揚げは、レモンを添えてだしてるだけだって話だったから、だったらそれもオイルトッピングと同じ理屈で、ポン酢ジュレ、マヨネーズ、トマトケチャップ、タルタルソース、中濃ソース、それから、あんまり認知度は高くないけど、怪味ソースなんかも用意して、お客さんの注文で、いろんな味が楽しめるようにすればいいって言ったんだ。そうすればお客さんも、この前はタルタルソースを注文したから、今度はトマトケチャップにしようなんて感じでリピーターになってくれると思うって。あと、鶏の唐揚げができるってことは、揚げ餃子もできるはずだから、餃子は焼き餃子、水餃子、揚げ餃子の三種類にすればいいって言って。――えーと、サイドメニューについて俺が言ったのはこの程度だったな。あとはデザートなんだけど。杏仁豆腐とか愛玉ゼリーを用意しておくと、追加で注文してくれるお客さんがいるだろうから客単価があがると思う。それから、一般の人は毎月二十五日に給料がでるって言うから、だったら毎月第四日曜日にお客様感謝デーとかなんとか言って、ちょっと割り引きにすればいいんじゃないか。そうすれば、うまくタイミングが合ったときに、給料もらったお客さんが景気よく店にくると思うって。まあ、最後のは俺も適当に言っただけなんだけど」


 だいたい、これくらいのことを朱美さんに話したような記憶がある。で、あらためて見たら、大泉さんはぽかんと口をあけて俺を見ていた。あ、やっぱりしゃべりすぎたかな。このへん、語りだすと俺はうるさくなってしまう。今回は悪い癖がでた。


「何いまの? 暗号?」


 と思っていたら、大泉さんは俺の予想とは違う反応を見せた。


「あの、後半の話。鶏の唐揚げとか、マヨネーズとか、餃子は、なんとなくわかったんだけど。怪味ソースは意味不明だったけど。ただ、問題は前半の説明。伸一くんが、『この店の豚骨スープって』と言いだしてから、急にわけがわからなくなって。あれって業界用語?」


「業界用語って言うか――」


 俺、そんなに難しいことを言ったか? 不思議に思って朱美さんを見たら、相変わらず笑って俺を見ていた。


「いま、結構派手にスイッチが入ってたよ。知らない人が聞いたら驚くだろうね」


「あ、そうだったんですか」


 まずいな。こうなるから、俺は普段からラーメンについて語らないようにしていたのに。キモいなんて思われるんじゃないか、なんて心配に思いながら俺は大泉さんのほうをむいた。


「念の為に断っておくけど、俺は今回、大泉さんが言えって言うから言ったんだ。普段から、聞きたくない人間を相手に、こういう話を無理に聞かせたりはしないから。それと、いまのラーメン関係の説明、べつにわからなかったらわからなくていい。とにかく話を戻すけど、要するに、さっき言ったようなことを俺は朱美さんに言ったんだよ。それで、しばらくしたら電話がきて、儲かった。ありがとうって」


「あ、言ってたね」


「うん。で、俺もよく話を聞いたら、朱美さん、どうせこのままじゃ店を閉めるから、最後に、駄目で元々、物は試しで、俺の言ったことをやれるだけやってみたんだって。そうしたら経営がうまく行った。何かお礼がしたいって言うから、俺も、じゃ、毎週土曜日だけ、俺をバイトで使って欲しいって言ったんだ。皿洗いでもウエイターでもいいから。で、そのバイト代で、俺は次の日の日曜日、適当にフラフラ歩いて、あちこちのラーメン屋で食べ歩きをしてるって状態なんだよ」

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