その4

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 朱美さんの説明に少ししてから大泉さんが表情を変えた。


「は?」


 そのまま、理解できないって顔で俺と朱美さんに目をむけてくる。


「ちょっと待って。だって、伸一くんって、ここのアルバイトなんでしょ? なんでアルバイトがお店のメニューを考えるの? そういうのって、店長が考えることなんじゃないの?」


「まあ、普通はそうだと思うけど、世のなか、例外ってのはあるからさ。台湾まぜそばだって、アルバイト店員が店長に、台湾ラーメンの試作品で失敗したミンチ肉、茹でた麺にかけてみたらどうでしょう? なんてひと言でレギュラーメニューになったって聞いてるし。――というか、俺がここのメニューを考えたときって、まだここの店員じゃなかったしなー」


 あの話があったとき、俺は中学生だったはずだ。どういう経緯でこうなったのか思いだそうとする俺の前で、大泉さんがますます理解不能って顔をした。


「あの、言ってることが全然わからないんだけど。というか、それ、もっとおかしくない? アルバイトじゃない人が、どうしてラーメン屋さんのメニューを考えたの?」


「えーと」


 俺は朱美さんを見た。さっきと同じで、おもしろそうに笑っている。しゃべってもべつにかまわないって顔だった。


「じゃ、説明するけど。俺が中学生のころ、法事か何かで親戚がわーっと集まってさ。俺、そのときに、朱美さんがラーメン屋をやってるって知ったんだよ。ただ、そもそも朱美さんも、ラーメンに何か思い入れがあるわけじゃなくって、料理人として何かやろうと思って、それで、ラーメン屋なら人気があるから儲かるだろうと思ってやってたんだって。でも、期待してたほどお客さんがきてないみたいで。それで、不渡りだす前にやめちゃおうかな、なんて言ってて。ただ、俺が詳しく話を聞いたら、なんか、やればいいのに、やってないことが山ほどあったから、その場で、ああしたらいいんじゃないか、こうしたらいいんじゃないかって言ったんだよ。で、それからしばらくしたら、朱美さんから電話がきて。なんか、ひどくお客さんが入って大儲けしてるってお礼を言われて」


「ちょ、ちょっと待って」


 ここでまた大泉さんの声がはさまった。


「ああしたらいいんじゃないか、こうしたらいいんじゃないかって、具体的に何?」


 言われて俺も少し考えた。


「――具体的にって、べつに、普通のラーメン好きなら、あたりまえに考えつくようなことを適当にしゃべっただけで、大したことじゃないんだけど」


「いいからそれ言ってみて」


「あ、そう。――えーと、あのとき何を言ったかな」


 俺は大泉さんと朱美さんの顔を交互に見ながら首をひねった。


「あーそうだ。この店の豚骨スープって業務用のNB商品なんだよ。で、それは仕方がないんだ。こんな駅前で、天然豚骨から本格的な豚骨スープなんてつくってたら異臭騒ぎで通報されるし、普通の人は業務用のほうが口に合うらしいから。でも朱美さんが、料理人の意地があるから、醤油ダレと塩ダレだけは自作して、そこでオリジナリティをだしてるって言ってたんだよ。だから俺が、だったら一緒に味噌ダレもつくって、豚骨味噌ラーメンもメニューにだしたらいいんじゃないかって言ったんだ。あんまりメジャーじゃないけど、そういうラーメンも存在するから。で、もっと余裕があるんだったらゴマダレもつくって、ラー油やひき肉と組み合わせれば豚骨坦々麺もつくれるからって言って。あと、油関係は何もやってないって言うから、だったら鶏脂とマー油と背脂チャッチャと焙煎ゴマ油を用意して、オイルトッピングラーメンをだせばいいんじゃないかって提案してさ。熊本豚骨ラーメンは鶏白湯が入ることも多いんだけど、そこまでこだわらなくていいから。乗っているオイルの種類が違うだけでも、かなり印象は変わるからって言って。で、何も油を浮かべてないラーメンは、『これぞ原点の味! 元祖ラーメン』なんて名前にして、メニューの左上に設置。残りのオイルトッピングラーメンは一〇〇円増しの金額にして右に並べて。このへんは一風堂の白丸元味と赤丸新味をリスペクト。それからオイルの量は、普通、大盛り、特盛の三段階にしたらいいって言ったんだ。家系みたいに、少なめ、普通、多めって表示にしなかったのは、どうせ元祖ラーメンより一〇〇円高いんだから、みんな欲をだしてオイル多めって言ってくるだろうし、だったら最初から表示を一段階高めに設定しておいたほうがいいと思って。あと、麺は中太麺一種類だったから、博多系の細麺もだして二種類にして、細麺は替え玉OKにする。これが福岡だったらどうだかわからないけど、東京だったらいまでも珍しがられるから、興味本位で注文してくる人もいると思うし。それから雰囲気をだすために、テーブルやカウンターに、高菜と紅しょうが、ゴマ、すりおろしにんにくを置くといいって。そうしたら朱美さんが、九州出身でもないのに、そんなことやっちゃっていいのか不安だって言うから、べつに気にしなくていい。博多天神って店があるけど、あれは東京にしか出店してないって言って納得してもらって」


 ここまで説明してから、俺は一度、言葉を切って朱美さんを見た。朱美さんはおもしろそうに笑っている。

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