鯨よりも深く〜夏休みの一コマ~

大月クマ

その山の奥深く……


 さて、夏休みである。太陽と海……最悪だ。


『遊びに行かないか?』


 スマホが鳴って出てみると、太田から。


「……太陽」


 ボソリと僕は呟いた。夏休みはエアコンの効いた部屋で、宿題をしなければ――やるとはいっていない。

 大体、この地域は南の沖縄よりも暑いし、湿気も非道い。誰がこんな暑い真夏に外に遊びにいくか!


『それは解っている』

「海はニオイが……」

『誰が海だって行ったよ。山だよ山。バーベキューにキャンプ』


 近い海まで行こうとしたら、電車で2時間以上掛かる。反対に山なら……市の中心から北へ1時間ぐらい電車で揺られれば、川澄温泉という温泉街あり、避暑地で有名だ。真緑が広がり――日差しを遮ってくれる――爽やかな清流『綾川』の流れるキャンプ場があったはずだ。


「だからって、男だけでいくのは……」

『馬鹿だなぁ。俺が女子を呼ばないわけないだろう?』


 任せろ! と、電話が切られた。


 ――ホントだろうか?


 だとしたら、あの2人は止めてくれよな。


 鵜沼さんと伏見さんは――


 鵜沼さんは人狼族で僕を隙あらば食べようとしている。あの一夜先輩の夢のおかけで。

 まあ、体育会系の部活から軒並みスカウトされた健康体――ただ、後で人狼族だと肉体的に人間と勝負にならず、正式試合に出られないと、知れ渡りスカウト合戦は終わったとか。そして、帰宅部に落ちついたようだ。彼女の健康美だけは、100歩……200歩譲って、認めよう。

 伏見さんも同様。結局、人間のキレイなところを象ったマネキン。いや、逆にキレイなところだけなのだから、それはそれで……いやいや、僕にそんな趣味はない。目はカメラ、関節は球体だし、無表情の人形には……僕は、何を考えているんだ!

 来てくれて嬉しそうなクラスメイトは……しかも女子となれば、加納姉妹だろうか? 2人で新聞部を立ち上げた。二卵性双生児のようで、姉の青葉あおばはたまに死んだ魚の目してときがある。デカいカメラを首からぶら下げて、学園内を駆け回っているのを見たことがある。妹の紅葉くれはさんはどこかのプロダクションに所属して、モデルをやっているとか。洋服店の広告のチラシぐらいかと思ったが、女子向けの雑誌に出ている美人さんだ。

 姉は置いとくとして、忙しい紅葉さんは来てくれないかなぁ。


 あと他には……太田の友好関係の広さから考えると、誰が来るか?

 すこしは僕の高校生初の夏休み、そのイベントは楽しいものになってきた。



 ※※※



「で、いつものメンバなんですが……」


 太田に文句を言いたい。

 住んでいる場所が、みんなバラバラのため現地集合。新ヶ野あらがの市を南北に貫く茂林寺もりんじ鉄道。その終点『川澄温泉』駅で集合することになった。のだが、同じ列車にみんなバラバラの車両に乗っていた――太田は僕と一緒にきた。

 改札口であったのは、鵜沼さんと伏見さん。


 鵜沼さんは……まあ、思った通り軽装で来ている。まるで海でも行くかのようだ。大きな麦わら帽子。Tシャツの袖をめくり上げ、脇を見せてるし、下は短パン。陸上部ですか? と聞きたくなるような脚線美。

 反対に伏見さんは、ゴスロリ状態だ。どんな素材なのか判らないけど、皮膚は紫外線に弱いのですか? と聞きたくなるぐらいの、長い袖にロングスカート。日傘まで差している。


 それに……


「なんでいるんですか!? もう骨折は大丈夫なんですか!」

「アタシがいるのは、そんなに不思議なわけ?」


 不思議も何も、なんで一夜先輩がいるんだ! しかも、骨折は治っていないようだ。

 松葉杖は一本になり、ギブスは外れているようだが、川辺のバカンスを楽しめる状況ではないでしょ?

 理由を知っているのはひとりしかいない。それは……太田!


「どういうことだ?」

「どういうことと言われても……色々とあるんだよ」

「色々って何だ!?」


 変な方向を向いてはぐらかそうとしているが、何か隠している。

 そういえば、観覧車からたたき落とされた夢。あの時も太田と一夜先輩が繋がっている話があった。


 このキャンプイベントは表向きで、何かやらす気なんだ。


 僕は、太田には文句を色々言いたい。

 加納姉妹……紅葉さんとお近づきに為れたかもしれないのに……僕の理想のキャンプイベントを返せ!


「ゴチャゴチャうるせえなぁ、アマス。喰うぞ!」


 伏見さんと雑談をしていたようだった鵜沼さんが切れた。いや、また名前を間違えてるって……てか、喰うなよ!


 鵜沼さんにひきずられるように、『綾川キャンプ場』行きのバスに乗せられた。

 荷物持ち……今まで、一夜先輩は自分で背負っていたくせに、巨大なリュックサックを押し付けられた。

 伏見さん、その引っ張っている四輪のカートを貸してくれませんか?



 ※※※



 何かにせかされるように、バスは山道を進む。

 山道を右へ左へ……いや、酔うだろこれ。もう少しスピードを落としてくれないか?

 振り回され続けられ、時間感覚が麻痺しはじめた。

 そして、バスの終点キャンプ場に着く。


 でも、シーズン中だよなぁ……人気ひとけがいない。


 風景は、ありふれた真夏のキャンプ場。この場の写真を撮っても、誰も不思議がられないだろう。パンフレットに使えそうなぐらいだ。キレイに刈り込まれた芝生の真緑が広がり、脇のほうには規則正しく木か植えられており、ほどよく日差しを遮っている。

 ただ、人気が無いのだ。客は誰もおらず、異様な寒気もする。霊気というか、なんと説明したらいいのか、負の力のようなモノを感じる。


 しかも、バスは僕らを下ろすと、逃げるように引き返していった。


「やった貸し切りだ!」


 喜んでいるのは鵜沼さんだけ。

 太田と一夜先輩は難しい顔をしている。

 伏見さんは……そう、ネコが何もない部屋の片隅を実と見つめるかのように、何もない山の方を見ている。

 三分の一、人間の血が混じっている――正確かは知らないが――僕でも、判ってしまう。


 ――ヤバいところに来た。


「キャンプの手続きをしてくるから、適当にテントを張っといてくれ」

「ハンモックが入っているから、付けといて!」


 と、太田が管理棟のほうに向かった。何故か一夜先輩も一緒にだ。


「チッ仕方がないなぁ……イマルいくぞ」


 舌打ちして悪態をついているが、鵜沼さんの割り切った性格は嫌いではない。名前を間違えない限りは!


「伏見さん、いきますよ」


 まだジッと遠くの山を伏見さんは見つめていた。動かない。

 何を彼女は考えているのだろうか? 僕には理解できない事でも、彼女の頭の中コンピュータで計算をしているのかもしれない。

 ふとスマホを覗いた。


 ――ここはあまり電波が来ていないのか……


 スマホの電波は弱いみたいだ。三本立ていない。


聡美さとみ、いくよ!」


 鵜沼さんの声で、思い出したかのように伏見さんは動き始めた。こちらを向く。一瞬、笑ったような気がしたが……そんなことは無いようだ。

 そしてまた止まってしまった。


「ああっ! オーバーヒートしたか?」

「オーバーヒート?」


 そういえば、伏見さん彼女は先ほどから炎天下の中、日傘を差していない。寒気はするが、実際の気温はかなりあるようだ。

 日差しがまぶしい……なんて考えていると、サッと鵜沼さんは自分の荷物を放り投げ、飛び上がるとなんと彼女を蹴り飛ばしたではないか!?

 呆気にとられているまもなく、鵜沼さんは彼女の両脚を持ち上げる。


「ウマル。上を持ってくれ!」


 ――上? 上ってどこ?


「早くしろ、喰うぞ!」

「はっ、ハイ!」


 鵜沼さんが言っているのは、伏見さんの身体だろう。脚を持っている以上、そうに違いない。

 彼女の喰われる前に、伏見さんの肩のほうに移動して、手を回した。

 そして持ち上げる。が、前の観覧車で拒否られたように、かなりの重量がある。人の美を切り繋いでつくているはずなのに、何がこの中に入っているんだ。


「重い……」

「おい! 聡美が気にしているから、そんなこと言うなよ」

「――はい」


 乱暴な鵜沼さんからそんなことを口にするのに驚いたが、それよりも伏見さんをどこに運ぶのか? オーバーヒートなら、冷ましてあげることが一番だろう。

 木の日陰に入れてあげれば……そう思っていると、キャンプ場の端のほう。小さな川が流れていた。水量もそこそこある。


「せぇの!」


 何をするかと思えば、勢いを付けるとそのまま伏見さんを川に投げ込んだ。僕も言われるまま、やってしまったが……いや、ブクブクと沈んでいる!


「えっ!? いいの!」

「聡美は頑丈だから、いいんだよ!」

「でも、息とか……」

「さあ、テント立てるぞ!」


 伏見さんの身体は、完全に沈んでしまった。上がっていた泡も消えてしまっている。息とか大丈夫なのか? てか、そもそも息していないのかな? 人造人間って……いやいや、精密機械を水につけて大丈夫なのか?


「何しているんだ。早くテント立てるぞ!」


 鵜沼さんが言っている以上、大丈夫なんだろう……と、思う。

 男子組の点とは僕が、女子のほうはカノジョがたてた。しかし、テントを立てると言っても初めてのこと。荷物の収納を考えて4人用のテントだが、ポールの組み立てやらで説明書を読んでもよく分からない。隣の鵜沼さんは為れているのか、もっと大人数用のテントをテキパキと、立ち上げてしまった。


「覗くなよ」


 そう言うと、さっさとテントに入り込んでしまう。


 ――着替えるのだろうか? 出てきたら、手伝ってもらおうか?


 そんなことを考えるうちに、鵜沼さんが顔を出す。


「なんだよ。まだ立てていないのか?」


 てっきり水遊び用の水着に……と思っていたら、迷彩服の長袖長ズボンに帽子を深々ぶっている。それになんだ手にしているのは? Y字型の器具――ああ、パチンコ。いや、スイングショットとか言う狩猟用武器のような。


「どっ、どちらへ?」

「狩りに決まっているだろ! 晩飯は任しておけ」


 この山、狩りがOKなところだけ?

 聞く間もなく、藪をかき分け鵜沼さんの姿は山の奥深くに消えていく。



 ※※※



「で、肉なしなんですね」

「うるさいよ! の所為で得物が居なかったんだから、お前でも刻んでやろうか!」


 夕刻、食事は定番というかカレーとなった。しかも、任せておけといって、鵜沼さんが山に入ったが収穫は無し――人狼族には特例で中学ぐらいから狩猟許可免許が下りるらしい。さすがに銃火器は、日本では二十歳かららしいが。そんなことより、予備の肉は準備していないので、肉なしカレーだ。

 調理したのは、伏見さんである。

 彼女は小一時間ほど水中に沈んでいたが、突然、起き上がったのには驚いた。事情を知らずに、ハンモックでくつろいでいた一夜先輩がビックリして落ちるほどだった――滑稽だったけれど。

 伏見さん曰く、電波が弱いところでジビエ系のレシピを検索、ダウンロードしていたらしい。

 ホントかどうか知らないが……てか、そういうのすぐに捌いて食べられるものなのか?


「……………………仁美ひとみ。知らないかもしれませんが、あまり遺伝子が近い動物を食べるのはよくないですよ」

「なんでだよ」

「……………………クールー病になるかもしれません」

「クールー病?」

「……………………プリオン病の一種です。神経系や脳細胞が――」

「もっと解りやすく」

「…………狂牛病の――」

「チっ、のにそんな病気になるのは、ゴメンだな」


 舌打ちして悔しそうにしているが、鵜沼さんの目は、上唇を舐めたのはあきらかに狙っていないか? 今晩、太田をテントの入り口のほうへ――


「それで、先輩これからどうするんですか?」


 お喋りな魔女は珍しく黙々と食事を取っている。不思議に思うのも当然だろう。


「えっああ……これから火でも焚いて……」

「キャンプファイヤーですか? なんかの魔女の儀式じゃないでしょうね」


 そうそう、ここに居るメンバーは先輩が魔女のことは知っているようだ。僕の知らないところで。


「悪魔を呼び出すのなんて、今はできないのよ」

「何故です? 夜に魔女にキャンプファイヤー、と来れば悪魔召喚じゃないんですか?」

向こう地獄に労働やら保険の概念を持ち込んだ馬鹿がいるの。ホイホイ呼び出すと、命の代わりに、お金を取るのよ。保険で補えるけど、馬鹿にならないの」


 ホント世知辛い世の中だな……とはいっても、夜空を眺めて星を見つめる。なんて洒落たことができそうな状況ではない。

 客は僕ら一組。だだっ広いキャンプ場にだ。空は晴れて、星が降ってきそうなぐらいキレイだが、僕らには知識が無い。

 見回して……伏見さんには可能性がある。ネットに接続できるらしいから、それで解説してもらえれば、即席のプラネタリウムに……でも、ダウンロードと処理に時間が掛かり、しらけそうだな。


 やっぱり、こんなへんぴなキャンプ場に何をしに来たんだ。


「いい加減、教えたもらえませんか?」


 僕の発言に一同が顔を向けた。

 やっぱり何か隠している。僕の知らないところで、この人達は繋がっているのを確信した。


「――今須。世の中に知らなくてもいいことは、たくさんあるんだぞ。さあ肉が入っていないが、キャンプのカレーは旨いぞ」

「太田……そんな言葉で、僕をごまかせると思うな!」


 急に僕は彼らから、先輩らから仲間はずれにされたような気になった。


 ――やっぱり、異種族なんて仲良くなんかなれない!


 急にムシャクシャしだして、ここに居られない気になった。投げ出すようにキャンプ場へ……暗い暗闇へと走りだした。


「今、いっちゃダメ!」


 先輩の声が聞こえたようだが、そんなことお構いなしにだ。

 僕は、1人になりたいと、その思いで走った。

 日も落ちているし、体力は十分。人狼族の鵜沼さんぐらいだろう、追いつけるのは。

 吸血族の僕には夜目が利く。かすかな光でもキャンプ場を転ばずに突っ切ることなど、造作も無いことだ。

 そして、目の前に壁のようなモノを見つけて、僕は走るのを止めた。

 キャンプ場反対側まで走ってきたようだ。


 ――なんだ?


 目の前に壁のようなものがある事は確かだ。

 このキャンプ場、木が円形に植えられていて、その端に到達したと思った。が、僕らがキャンプを張った木の反対側……つまり、直径を突っ走ってきたとしたとしたら、そこも木が無くてはおかしい。僕の目には、そんな木は見えない。見えるのはそびえ立つような壁だ。

 そして、その壁に触ってみた。

 なんだろうか。ススキのような堅くて細長い草が、垂直な壁に生えている。


 ――なんだこれ!? それに獣のニオイ?


 よくよく嗅いでみると、獣の悪臭が周りに立ちこめている。鼻をつく嫌な臭い。口に手を当てたが、壁からニオイが発生しているようで、先ほど触った手にこびり付いていた。


「なっ、なんだ!」


 理解できないものが目の前にある。と、突然、壁が動いた。それに左側のほうをよく見ると、何かが光っている。巨大な目玉。1メートルぐらいか、壁が一文字に割れ、ギョロリと僕を見ている。


 ――ばっ、バケモノ!?


 そう思った瞬間、頭を殴られた……いや、跳び蹴りを食らわされた。当然、犯人は追いかけてきた鵜沼さんだ。そのまま僕はチクチクした壁……バケモノの身体に激突した。

 何するんだ! と文句をいうまもなく、そのバケモノが動き出す。

 こんな時に夜目が利くのは嫌なものだ。


「なんだこれ!?」


 僕の口から出てきたのはそんな言葉だ。

 それが何なのか。尺度がおかしいような感じがしたが、紛れもなくイノシシだ。目の大きさから考えてもデカい。体高でも2階建ての一軒家ぐらいはある。口から飛び出している牙も人ひとりぐらいの大きさはある。

 しかも、寝ているところを起こした――恐らく僕がぶつかった所為か――ためか、気が荒れている感じがする。鼻息も荒いし、目付きは鋭いし……いやいや、跳び蹴りした人狼族の女の所為だ! 僕じゃない。


「でかした、今須。こいつを探していたんだ!」


 鵜沼さんが叫ぶ。いや、こんなの探していたって……これを今晩、捌こうとしていたのか!?

 すると上空に、光の球が打ち上げられた。まるで映画で見るような照明弾だ。


「何か文句ありそうな顔をしているわね!」


 それを上げているのは……一夜先輩。だけど、魔女なら魔法の杖を使ってくださいよ。松葉杖じゃなく。多分、鵜沼さんの脚の速さに追いついたのも、松葉杖を箒に飛ぶように……まあ、どうだっていい。


「なんなんですか? あのイノシシは!」

「山鯨。この山の主だ。でも……」


 答えたのは鵜沼さんだったが、話の途中で、突進してきた巨大イノシシに吹き飛ばされた。


「ええっと……逃げろ!」

「はい!?」


 闇の中に消えてしまった鵜沼さん。それを見た途端、一夜先輩は松葉杖に跨がると、飛んでいってしまった。僕らがキャンプを張っている方向へ。


 このバケモノを、なんとかしに来たんじゃないのか!? 先輩達は!


 僕をキャンプに誘うと、格好付けて。なのに逃げろ、と……いや、よくよく考えると、切り札っぽい鵜沼さんが一撃で退場した。


 ――ということは……


 僕は一瞬振りかえった。あきらかに巨大イノシシは、怒っている鼻息も荒く、瞳孔も大きくなっていたからだ。

 ヤバい! 逃げなければ、鵜沼さんの二ノ前だ。


「…………どうかされましたか?」


 僕が走り出した途端、目の前にスルッと伏見さんが現れた。

 彼女にも逃げることを……


「あッ!?」


 声をかける間もなく僕の頭の上に巨大な影が通り過ぎた。あの巨大イノシシの口だ。

 それが大きく開いて、伏見さんを飲み込んでしまった。


 ――こいつ! 伏見さんまで!


 一瞬怒りを覚えた。振りかえってにらみ返したが……あっちは、デカいし勝てる気が全くしない。大体、精気を抜くワザも使い方を全く覚えていない。

 結局、僕は、足腰が立たなくなり、引きつった笑いを浮かべることしかできなかった。


 伏見さんのように飲み込まれるのか。それとも、鵜沼さんのようにはじき飛ばされるのか。ほっぽり出して、一夜先輩みたいに逃げれば……


 そう思っていた途端、突然の轟音がとどろいた。目の前に落雷が落ちるような。

 目の前にあるモノといえば、伏見さんを飲み込んだ、あの巨大イノシシだ。


 ――あれ?


 突然、腹が膨れ上がりはじめた。

 巨大なイノシシの鼻や耳、口から白い煙が上がりはじめているのを見た。

 そして、膨れ上がった巨大なイノシシは大爆発を起こした。

 その爆発に巻き込まれて、僕は吹き飛ばされた。地面に叩きつけられたところまでが、その日の記憶だ。



 ※※※



 夢だったのだろうか? 昨日のことは。

 目を開けると、テントの中で寝ていた。隣を見れば、鵜沼さん対策で入り口に寝てもらった太田がまだ寝袋の中で寝ている。


 巨大イノシシが居て、一夜先輩は逃げ、鵜沼さんは弾き飛ばされて、伏見さんは飲み込まれた。ハッキリと記憶しているのだが……。


 ともかく、寝ている太田を起こさないようにテントを出た。


 テントを出るとニオイが鼻をつく。味噌のニオイだ。朝食に誰かが味噌汁を作っているのだろうか。


 ――伏見さんが作っているのかな?


 昨日の晩ご飯の当番であったから、そう思った。

 ということは、巨大イノシシに飲み込まれたのは夢か。


 ――そうだよなぁ。あんな巨大なのいる分けないよなぁ。


 調理をしている場所に向かうと、意外にも一夜先輩と鵜沼さんだけしか居ない。ふたりでなんだか喧嘩しながら朝食を作っている。


「おはようございます」


 声をかけると、ふたりの喧嘩が止まり、何故か恐る恐る僕の顔を見る。


「おっ、おはよう……」


 鵜沼さんが妙に歯切れの悪い返事をした。


「どうかしましたか? あれ伏見さんは?」


 彼女の名前を出した途端、ふたりは顔を見合わせる。

 そして、決断したかのように、一夜先輩が自分達が寝ていたテントのほうを指さした。僕は指さしたほうへ歩いて行く。テントの裏。先ほど立っていた場所からは隠されるように、伏見さんが引いていた四輪カートがあった。

 何故かシートが被されている。


 ――どういうことだ?


 何か恐ろしいモノを感じていたが、好奇心が勝ってしまった。

 シートをめくって見ると……


「…………おはようございます――」


 それを見た瞬間、僕は気絶してしまった。

 血だらけで、バラバラになった伏見さんが、そこに入っていたのだから―― 



〈了〉

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