第7話 海蛇の一族

 とある日の夜。

 雪村蓮斗ゆきむられんとが丁度、テストの採点をしている頃の夜。夕食を終えた海蛇みずち家の一族がダイニングルームで憩いの時間を過ごしている。今夜は少し静かな夜。

 そこでりょうは2人の娘達に小遣いを与えた。


千秋ちあき。お前にはこれをやろう」


 と、とある銀行口座の手帳を手渡す諒。その銀行口座には諒が賄賂として受け取った多額の金が振り込まれていた。

 桁の数は百万はくだらない。思わず千秋は驚きの声を上げた。


「凄い。こんなに…!」

「それは馬鹿な生徒の為に親が私に渡した賄賂だ。私には必要はないから自由に使いなさい」

「でも、お父様。いくらか引き出したのね」

「とりあえずメイド達の特別ボーナスの為の額は引かせて貰った。彼女達には長くこの家には仕えて欲しいからね」

「それでもこんなに余っているのね。本当にいいの?」

「遠慮なく使いなさい」

「ありがとう。お父様」


 そこで、その席にいた夏美なつみの皮肉な言葉が響く。遠慮なくたっぷり皮肉を込めて。


「千秋お姉様は本当に金の亡者ね」


 千秋はそこで夏美に言う。千秋にとっての幸せの価値というものが語られる。どこかそれは歪んでいる。


「夏美。お金さえあれば、地位も名誉も手に入るのよ?今の私にはお金が全て。それが私を幸せにするの」

「千秋お姉様はセックスもでしょ?欲張りね」

「フン…。今の世の中、金が全てよ」


 吐き捨てるように千秋は答え、ソファに背中を預けた。ソファの後ろの棚の上には、水槽が置かれている。そこに蠢くのは多数の蛇の姿が。この海蛇みずち家は蛇をペットとして飼っている。

 何処か夏美が拗ねているように感じた諒は安心させるように夏美にも独自の小遣いを与える。


「安心なさい。夏美。お前のぶんもある。絵画コンクールでお前が出る事を話したら、審査員を務める知り合いがいた。特別によく観て貰うように依頼しておいた。その証明となる書類だ」

「嬉しい!ありがとう、お父様!」


 手紙の封を開ける夏美。

 そこには5名の名刺と1枚の便箋に書かれた激励のメッセージが書かれていた。

 今度は千秋が水を差すようにからかう。


「フン。あんたの絵は全て見様見真似のチャチな絵。今回もそうするんだろ?」

「そんな事はないわ!今回は自分自身の力で絵を描くわ!」


 思わず立ち上がる夏美。握りこぶしを作り名誉欲にギラギラ輝かせる。


「見様見真似は最後の手段よ!その為ならどんな汚い手段でもやってみせるわよ!」

「フフ……それでこそ、この海蛇家の人間だ」


 さして呆れる様子も見せず、父の諒は唇を笑みの形にして笑っている。父もソファに背中を預け腕を組む。そして細い脚を組んだ。

 千秋は気になり訊いた。


「お父様。美咲みさきお姉様には何をあげるの?」

「美咲には私の後を継がせようと思っている。それに相応しい器を持っているからな」


 その頃。美咲はバスタイムだった。温泉に浸かる美咲の体に、何処からかペットの蛇がスルスルと温泉に入り込み、美咲の体に纏わりつく。

 美咲は愛おしく蛇の頭を撫で、体に纏わせたまま、温泉から上がる。

 顔は冷たく微笑んでいた。まるで蛇のように。


 雪村蓮斗は個室で学力診断テストの結果を見て判断したのは、千秋は理数系と英語はほぼ満点だが、国語などは60点台だった。なら国語や社会なとを教えればいいという事だな。明日からいよいよ家庭教師として動き出す。

 そこに。ノックの音が響いた。ドアを開けると諒がいた。


「諒様、どうしたのですか?」

「どうだね?雪村君。私達と共に呑まないか?」

「よろしいのですか?」

「ああ、下で一緒に呑もう」


 諒と雪村がダイニングルームに2階から降りてくる。


美雪みゆき。酒とつまみを頼む」

「もう用意してありますわ」

「そうか。相変わらず用意がいいな」

「ありがとう。雪村さんも一緒にですか」

「ええ」

「今夜は日本酒にしましたけど、いかがですか?」

「美雪の出す酒なら何だっていいよ」

「そんな…照れますわ。それでは」


 熱燗にした酒をおちょこに注ぐ美雪。雪村にも注いだ。


「いただきます」


 雪村はおちょこに注がれた酒を一口呑む。


「いい飲みっぷりだな」

「美雪さんも呑みませんか?」

「そうだな。一緒に呑もう、美雪」

「じゃあ遠慮なく」

「注いであげよう」


 諒はとっくりを持つと温かい酒をおちょこに注いだ。


「では、いただきます」


 美雪は一気に呑んだ。諒が気に入る飲みっぷりだった。


「美味しいですわ」


 笑顔を浮かべる美雪。その笑顔すらも妖艶な魅力になるから凄い。その顔を諒は愛しく見つめて唇を笑みにする。


「いい飲みっぷりだ。雪村君。どうかね?こういう所、初めてだろう?」

「はい。あの3姉妹の姿にはびっくりしました」

「美雪の娘達だ。皆、美しいに決まっている」

「遠回しに自分自身を持ち上げているように聞こえるわ」

「雪村君、気を付けろよ。美雪はこうやって確信をついてくるんだ」

「雪村さん、明日から本業開始ですよね」

「はい。全力で取り組ませていただきます」

「なら、今夜は充分に楽しんでくれ」


 雪村と海蛇夫妻は深夜23時まで酒を飲み語り合う。この屋敷にきた感想。3姉妹の話。今までどういう生徒を教えてきたか。雪村は酒の席で夫妻に話す。

 それを興味深く、そして優しく耳を傾ける諒と美雪。3姉妹の話になると、諒は彼女達の事を父親として話す。


「美咲は確かに魅力的だ。今まで何人ものプロポーズがあったらしいが、彼女はプライドが高いからな。並の男には興味すら持たないだろうな」

「千秋さんは何というか、こう…危険そうなところが魅力的ですね」

「そうだな。どうやら性格の方は私に似たらしい。だけど彼女は危険とは裏腹な優しいところもあるよ」

「後、夏美さんの絵を拝見させて頂きました。まるで画廊ですね。あの人の部屋は。様々な種類の絵がありました。絵も上手ですし、コンクールに出しても彼女の絵はかなりいい線、いきそうですね」

「夏美は他にも彼女専用の画廊がある。たぶん今回のコンクールの為の絵の制作を開始しただろう。夏美は自分のプライドを理解してくれる男性でないと満足しないだろうな」


 こうして酒を酌み交わすと海蛇夫妻と雪村はそれぞれの部屋に戻り、眠りに入った。

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