背徳の血族 〜海蛇家の日常〜

翔田美琴

第1話 背徳の屋敷

 遠雷が響き渡る。

 雨は霧雨から次第に叩き付けるような激しい豪雨となり、広い庭には紫陽花が咲いていた。

 青年はその豪雨の中に傘をさしてスーツケースを転がし、優美な屋敷の前に立ちつくしていた。しかし強風が吹き荒ぶ。青年の姿は既に豪雨でずぶ濡れであった。

 正面玄関には、この豪雨のなか客人を待っているメイドの女性の姿が3人ほど見えた。彼女たちをいつまでも待たせるのも何だか失礼と想った彼は、正面玄関へと歩いていった。

 この豪華な屋敷の主は海蛇みずち家。

 享楽的かつ華美な外観の屋敷だ。大富豪の家庭教師など生まれて初めての経験だった。一体、海蛇家の人々はどのような人達だろう?一抹の不安を抱きながらも、青年は意を決して歩み寄った。 

 目の前の3人のメイド達の姿はゴシックロリータと呼ばれる種類のメイド服を着ている。異様に丈の短いスカートが目を引いた。

 やがてリーダーと思われる女性メイドから歓迎の言葉を耳にした青年だった。


雪村蓮斗ゆきむられんと様ですね?お待ち申し上げておりました」

「このタオルで雨露を拭いてください」

「御荷物はこのスーツケースのみですね?お預かり致します」

「ご主人様が首を長くしてお待ちしております。どうぞ、わたくしに着いてきてくださいませ」


 出迎えにきたメイド達は笑顔で雪村を迎えた。そうして、雪村蓮斗は絢爛豪華な世界へと足を踏み入れる。  

 屋敷内はまさに背徳の宮殿のような様相だ。絢爛豪華かつ品のある美しさ。調度品もセンスが光る。床には落ち着いた色調の赤いカーペットが廊下に敷かれている。

 そして雪村蓮斗がダイニングルームに導かれた時に、この屋敷の主人、海蛇諒みずちりょうが彼の訪れを待っていた。

 特徴的な灰色の短髪に、少し切れ長な瞳。しかしただの瞳ではなかった。左目は茶色だが右目は青色の瞳だったのだ。不思議な魅力も伝わる。ややあって、海蛇諒が歓迎の言葉を話してくれた。


「雪村どの。よくぞ参られた。私がこの屋敷の主人、海蛇諒みずちりょうです」

雪村蓮斗ゆきむられんとです。初めまして。富豪の家庭教師などそうそう経験できない場を提供して下さり感謝します」

「では、君の相手となる者達をご紹介致しましょう。お前達。入って来なさい」

「はい」 


 諒の落ち着いた声と共に部屋に入ってくる女性達を見て、雪村蓮斗の心臓の音が高鳴る。ドキドキと脈打つのを感じた。

 いずれの女性達はそれは美しい花のような女性だからだ。思わず息を呑んだ。

 諒は1人ずつ、紹介していった。


「彼女は私の妻の海蛇美雪みずちみゆきだ」

「娘達を宜しくお願い致しますわ」


 美雪は恐ろしく妖艶な、着物が似合うしっとりとした美女だ。その瞳は憂いを秘めた濃い藍色の瞳だった。

 諒は続けて3人の娘達を紹介した。

 

「次に私の娘達を紹介しよう。まずは長女の海蛇美咲みずちみさき。20歳の大学生だ。大学では法律を学んでいる」

「宜しくお願いしますわ。雪村さん」

「こちらこそ、宜しくお願いします」


 美咲と呼ばれた女性は長く豊かな染めた金髪がトレードマークのまるで淑女のような女性だった。雪村と会った時はメガネをかけていた。しかし、このメガネは外面の良さを装う為の伊達メガネ。

 その知性と色気を兼ね備えた才女の性格は己の邪魔をするものは徹底的に叩き潰す冷酷さとメガネをかけている時の温和な性格を両方を併せ持つパーフェクトな女性だった。

 2人は握手する。

 それを見た諒は彼女の妹を紹介する。


「次に。次女の海蛇千秋みずちちあき。18歳の高校3年だ。君には千秋の家庭教師をしてもらおうと思っている。彼女は大学受験が控えているからね」

「宜しくお願いします。雪村さん」

「こちらこそ。宜しく。千秋さん」


 2人は軽く握手する。

 千秋と呼ばれた女性は、眼光が刃のように鋭く、近づき難い雰囲気の美女である。性格は実に自己中心的。普段の授業には一切の出席をしないで、秘密のアジトで学生からカツアゲさせた金を見て喜ぶ、金の亡者だ。


「さて。次に三女の海蛇夏美みずちなつみを紹介しましょう。彼女の描く絵は一見の価値があるぞ」

「宜しくお願いしますわ。雪村さん」

「もちろん。宜しく、夏美さん」


 2人も握手する。

 夏美と呼ばれた女性は16歳の高校1年だ。この女性は常に話題の中心は自分中心でなければ気が済まず、普段は清楚な女性だが目的の為ならば手段は選ばない、どんな卑怯な手段をも惜しみ無く実行する一面を持つ。


「さて、家族の紹介は終わったし、次はこの屋敷の事を紹介しよう。着いてきたまえ」

「君たちは部屋に戻り好きな事をしていなさい」

「わかりましたわ、お父様」

「そうするわ」

「部屋に戻りましょう」


 諒に連れられ来た所はまずはダイニングルームだった。


「ここが我が家のダイニングルーム。主に私達家族がくつろぐ場所だな」


 それから諒による屋敷の説明に耳を傾ける雪村蓮斗。


「食事は1流シェフが作ってくれるので心配は無い。水周りはすべて1階にまわしてある。ここがバスルームだ」

「結構いい所ですね」

「実はこの屋敷には温泉もひいてある。源泉掛け流しだぞ?」

「本当ですか!?」

「ああ。ここがその温泉。きちんと男湯と女湯がある。たまに男湯は混浴露天風呂になるがね」

「何かいいですね。僕も入りたいです」

「時間になったら入るといい」


 諒は温泉を見て目を輝かせる雪村蓮斗を見て微笑む。 

 彼らは2階に上がった。


「2階は3姉妹の個室と私達夫婦の寝室。そして1つだけ使ってない部屋がある。ここを雪村君の個室にするといい。色々準備してきたのだろう?」

「よろしいのですか?」

「ああ。自由に使ってくれ」


 諒は左腕に填めた腕時計を見る。16時丁度だった。


「夕食は18時に出る。それまで荷物の整理をしているといいだろう」

「はい」


 雪村の私室となった部屋には一通りの家具が置いてある。ベッド、クローゼット、机、椅子、テレビ、インターネットのルーター。一通りの家具があるのは助かる。

 雪村は初日の顔合わせで思わずため息をついてしまった。

 あんな美女揃いの1家なんて思って無かったから。

 そうして、雪村蓮斗は、この海蛇家の不思議な魅力を内側から覗いていく事になるのであった。 

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