吸血鬼だってえらびたい!

狼蝶

第1話 吸血鬼だってえらびたいですよ。

向居むかい茶名里さなりは冴えない顔をして電車に揺られ、溜息を吐いた。彼が溜息を零したことに気づき、周囲の人間はわかりやすく顔を顰めた。どうしようもなく顔が整っていない男からの溜息が肩をかすめたと思うだけで身震いがするのだ。かなり混んでいる中、一番近くに立っていた女性は舌打ちをして茶名里を思いきり睨み付けた。

 それを感じた彼はとてつもなく居心地が悪そうにし、目を伏せて頭を少し下げた後肩を窄めて存在を小さくした。しかしまたもや溜息をつきたくなっていた。

 それは女性が見ていた携帯電話の画面に表示されている、最近のニュースの内容が原因だ。

人気俳優が自宅付近で吸血鬼に襲われたのだという。


この世界では、茶名里のように目や口など顔のパーツがはっきりしていて眉毛がキリッとしており、頬もシャープな容姿は醜いと認識される。そしてこの世界には吸血鬼と言う者たちもいるが、彼らは世界随一の美貌揃いだと聞く。そんな彼らに血を吸われる者はトップクラスの容姿であることを証明されるのだ。なんでも、吸血鬼に血を吸われるのは絶頂を味わうくらいの快感を得られるらしい。吸血鬼たちも美しい者の血を選ぶのだ。ということは先ほど画面に映っていたあの俳優は、吸血鬼が認めた美貌だということになる。

それに比べ茶名里は、普段はマスクとメガネで隠してはいるもののすぐにバレてしまうほどの醜さを持っている。


「(俺も一度は吸血鬼に血を吸われてみたいなぁ。しかもすごく格好いい人とか・・・

まぁ、夢物語だけど・・・・・・)」


この事実を思うと溜息の一つや二つ、出そうにもなる。

 茶名里はまた溜息が出そうなのを慌てて我慢し、肩をさらに窄めて体を小さくした。


 一方、そんな茶名里の様子を向かい側から観察し、にやりと口の両端をわずかに上げる男がいた。夜宵やよい砂都里さとりという男。彼は、吸血鬼である。砂都里は一族の中でも特にずば抜けた美貌を持っているが、その実好みは他の仲間とは真逆であった。何故仲間たちはあんな人達を好むのだろうかと、人の好みには口出しをあまりしたくないが、思ってしまう。皆に『不細工』だと言われている者たちの方が、砂都里には断然美しく見えるのだ。それに美しいと血もおいしい。代わりに、自分の顔はあまり好きにはなれないのだが。この感覚は自分だけなのだろうかと疑問に思う。まぁ、その方が競争率は低くなるが。


「(それにしても、吸血鬼に血を吸われたから正真正銘の美貌って・・・・・・。何の鑑定に俺たちは使われてるんだ)」

と少し憤りを覚えたくもなる。

俺たちは本当にただ食料として血をいただいているだけで、皆は顔がそこそこ良ければ相手にする。それは皆『美しい』者を好んではいるのだが、そこまで最上の美しさに固執してはいないのに。と砂都里は心中でぼやいた。


 普通吸血鬼は人々にとって恐怖の対象となるはずなのだが、その美貌からか昔から人間は血を吸われることにステータスを見いだす。吸血鬼に襲われたという事実が自慢話になるのだ。

吸血鬼に血を吸われたと言っても、合意の上であるし噛み痕も消毒をすれば感染症にもかからないほど安全なものであるから、呑気な考え方をしているのも頷ける。

それは置いておいて、だ・・・・・・


それにしても、砂都里が好むのは男性、そして砂都里の中での美形である。この世の中はどんな外見であれ女性は皆比較的優しく扱われる。だが男でしかも醜いとなると、世界中と言っては過言かもしれないが、嫌われ者であることは確かだ。そんな彼らは日頃あまり家から出ない。そして外に出るときはマスクに眼鏡をかけるなど、何かしらで顔を隠そうとする。普通の容姿であってもマスクや眼鏡をしている人間は多い。よって好みの人間を探すのに時間が掛かってしまうのだ。それに、砂都里が好むような完璧な存在は少ない。

 あまりにも空腹で死にそうなときは仕方なくあまり好みじゃない人間の血も吸うのだが、やはりおいしい血も飲みたい。

砂都里はここ数年おいしい血を摂取できず、もう限界だと思っていた。

その矢先に電車で縮こまっている男。見るからにイケてる。これはおいしいぞと口の中で涎が耐えなかった。


茶名里が下を向きながらトボトボと電車を降りると、その駅で砂都里も降り後を付けていった。

下を向いてのたのた歩く茶名里は一見人にぶつかりそうなのだが、人の足下を見ているのでちゃんと避けられているようだ。砂都里は顔が良いのを隠すために大きめのマスクとこれまた大きめのだて眼鏡をかけているので、皆のイケメンレーダーには入らない。

 ちょうど昼時で、店が並ぶ通りを歩いていると両側から空腹を刺激する料理の匂いが漂ってくる。しかし少し後ろを歩く砂都里にとっては茶名里の方からうまそうな匂いが漂ってくる。美味な血を持つ人間は体臭もそんな匂いなのだ。久しぶりの極上の食事の期待で砂都里はもうたまらなかった。今すぐにでもその首にウズウズずる歯を食い込ませて皮膚を食い破り、その血を飲みたい。思わず喉が鳴ってしまった。



 燦々と太陽が照っている中、ひたすら自分の濃い影を見つめ自宅まで歩いた茶名里はやっと周囲に誰もいなくなったのを確認し、大きな溜息を一つついた。


「どうしたんですか?そんな大きな溜息ついて」

「っ!!?」


自分以外誰もいないと思っていたらいきなり真横から声をかけられ、茶名里の肩が上に上がった。まさか俺なんかに声をかけてくるなんてと思いながらもバッと横を見ると、そこには自分のような存在の目で汚していいようなものではない美があった。


「ヒッ!! あっ、すいませ、ん・・・・・・」


いきなり目に入ってきた良すぎる顔に一瞬驚きおののいて悲鳴を上げてしまったが、失礼だと思い頭を下げる。人に対しておどおどとしてしまうのは、もう体に染みついた癖みたいなものだ。

しかし、美形すぎる。茶名里は生まれて初めて見るくらいの美貌に一瞬自分はどこか違う世界へ来てしまったのではないかと錯覚した。だがどう考えても現実であった。

これはどういう状況だと頭で思考していると、ふいに首がくすぐったく感じる。声をかけてきたイケメンが首に顔を近づけ、スンッと匂いを嗅いでいたのだ。

突然自分の思い描いていた願望が現実で起こったことに頭が追いつかず、混乱状態に陥る。体を動かせないでいると、それをいいことに彼は匂いを嗅ぎ続ける。

ス――ッと嗅いだ後に、満足そうに息をこぼし、恍惚とした声の色で


「はぁ――・・・・・・、ほんと、おいしそうなにおい・・・・・・」


「ヒァッ!!!? ヘッ、エッ!!?な、何を――」


耳を疑うようなことを言われ、顔が赤くなる。


「ふふっ、かわいー・・・・・・」 


「うひゃあっ!!!」


首筋を舐められ変な声が出てしまう。男を見るとびっくりしたような顔をしており、こんな醜い奴が醜い声を上げたことにびっくりしたんだ・・・・・・と羞恥やら情けなさ、申し訳なさが募る。


「っ、ははっ。 君、めちゃくちゃかわいーんだけど」


「っ!!」


可愛いと、言われた。それこそ、生まれてから一度だってかけられたことのない言葉を自分に向かってかけられ、茶名里は心が震えた。

赤くなった耳たぶを優しく触られ、体がゾクゾクとする。彼の息が掛かって恥ずかしい。しかし息が荒くなっていくのを聞いていると、茶名里の中に『もしかして、彼は吸血鬼なのでは』という考えが浮かんできた。だがそんなはずはないと一蹴する。いつも学校で最下位くらい顔の醜い自分に、美形の血を好む吸血鬼が来るはずなんてない、と。だがしかし、このよくわからない状態の中で、茶名里は淡い期待に鼓動を速くさせた。


興奮と空腹で段々息が上がってきた砂都里はもう限界だと茶名里に問う。



「ねぇ、  君の血、もらっても・・・・・・いい?」



そう聞かれた瞬間、歓喜に心も身体も震えた。


「は、い」


恥ずかしげに、消え入りそうな声で答えたが、首に頭を押しつけている砂都里にははっきりと聞こえた。

涎が溢れる口を大きく開け、綺麗な肌に噛み付く。尖った歯が皮を破り、その痛みに茶名里は小さく呻くが砂都里はもう止められなかった。



ごくん  ごくん  ごくん




数口飲んだ後、砂都里ははぁ~と満足げな声を出した。


「あっ、ごめんねぇ~。こんなところで。あんた、家に入るとこだったもんねー」


先ほどの色気は消え去り、あっけらかんとした様子で謝罪してくる。茶名里は放心状態で彼の言葉はあまり耳に入っては来なかった。


だが遅れて実感がやってきて、茶名里は嬉しさに涙を零した。


「えっ、どうした!? 俺、許可とったよね? 痛かった?痛かったのか?」


「いえ・・・!違うんです。俺、こんな不細工だけど・・・・・・きゅ、吸血鬼に襲われるのに憧れてて・・・・・・」


自分で言っていて恥ずかしくなる。『襲われるのに憧れる』って!!

茶名里がバッと砂都里の顔を見ると、彼はまた顔を一次停止させていて手で顔を覆い、はぁ-・・・と深い溜息をついた。

その反応に自分の言ったことの問題性を感じ、茶名里は焦って弁明しようとしたが・・・


「も~・・・・・・どんだけかわいいの。襲われるのに憧れるって・・・・・・


君の血、おいしすぎて・・・俺、勃っちゃったんだよね。




ね、君のこと襲っちゃってもいい?」


今度は茶名里が ごくん  と喉を鳴らした。

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