正常と思っていた私は○○だった!?

矢切恭平

正常と思っていた私は○○だった!?

「う……ん」

(目を瞑ってるはずなのに暗くない……う~っ、寝てられない――って、どうして寝てたっけ?)


 そう考えると、じっと出来ない私は目を覚ます。

 そしてゆっくり体を起こし、周囲を見渡してみる。

 山頂に近い位置(?)から街を一望出来た。ビルと言う大きな建造物は特になく、中小企業の建物が立ち並んでる程度。

 私がいる場所は、町から山に登ってそれほどの距離が無いにしても、七~八合目(?)くらいの場所の道外れに自転車を複数ある木の一つに立てて置いてあり、別の木の陰に寝ていた、そんな状況。



(私、何してたんだっけ?)



 『ピリリリ…… ピリリリ……』



 聞きなれた音に驚き、周囲を見渡す。

 寝ていた木の裏側を見ると、空色のリュックがあり、その中から音がする。中身を探し、スマホがあるのを手触りで確認すると取り出す。

 画面には『正二』と書かれた相手が文字に出されていた。とりあえずスライドすしてみる。


『おぅ麻耶、起きたか? 何度か電話したのに、まーたいつもの所で寝てただろ?』


「えっと、ごめん。正二君、だっけ? 貴方の事、解らないんだけど……」


 思い出せない、と言うより『知らない』、その感覚。

 正二って人と私の関係を思い出さないと……


『はぁっ? 学校どころか俺の事も忘れて記憶喪失です、ってか? まぁいいや。五分くらいで着くから待ってろ』


 飽きれたような言い方して、一方的に待ってろって――もしかして正二って人が私の幼馴染?それとも……

 そして五分後、本当に坂の下から男の子が自転車に乗ってここまで来た。おそらくこの人が正二って子かな?


「麻耶、大丈夫か? 本当に解らないのか?」


 正二って子をじっと見て思うことは、少し背が高いけど同級? でもイケメンとは言えたものじゃない、本当に普通。とりあえず聞いてみる。


「えっと、スマホに登録されてるって事は、友達――なんだよね?」


 正二君が自身の右手を顔に当ててる。がっかり感のそれに見えた。

 でもなぜか、正二君と会ってから少し、紐の解かれた袋から物が出てくるように記憶が少しづつ思い出してきた。


「麻耶、お前の苗字と名前、言えるか?」


「えっと――そう、私は白鳥摩耶(しらとり まや)。そして、貴方が、筧正二(かけい しょうじ)君?」


「お? 完全な記憶喪失って訳ではないか。ならよかった。ちなみに友達っていうより幼馴染だ」


 あっ……そうだった。私と正二君はお隣さんで、高校になるまでずっと一緒。そこから私が昼間、彼が夜間に行ってる珍しい形だった。

「起きたすぐだったのかな? ボーっとしてたみたい。それで要件は?」


「サボってないかの偵察だ、と言えば嘘になるけど、最近帰宅時間まちまちだったろ? 顔にも疲れが出てたからな~。で、またここに来てるかの確認。別にお前の親から頼まれたとかじゃないぞ?」


 そう、嫌な事があればいつもここに来てた。景色が良く、親や先生に縛られない、後で言われる事以外は。この場所が一番空を飛んでるような自由を感じるからだ。


「そうなの? じゃあ、本当かどうか正二君の家でゲームさせてよ」


「やれやれ。まぁ、いっか」


 二人は自転車にまたがり、前を行く彼についていった。



 * * *



 十分近く走ると、彼の家らしき場所でスピードを落とした。不思議と見るまで、隣なのに実感が湧いてこなかった。そう、『見るまで思い出せない』、若しくは『見ないと実感しない』って気分。

 改めて目線を向けると、洋風の二階建てで、いたって普通だった。


「麻耶? 自転車はこっちに置いとけよ? 見つかったらやばいだろ? 俺もそうだけどな」


「うん、わかった」


 中庭の方へ自転車を駐輪すると、家の中に入っていく。

 正二君は階段を登ってる。二階につくと正面のドアにトイレの文字、そして左に視線を向けると、見える範囲で左と正面と右奥にドアがある。真ん中のドアを開けたからその部屋のようだ。

 入ってみると、やっぱり男の子の部屋らしいと言えばいいのか、サッカー選手のポスター、特に目立つのはゲームのキャラ人形。女の子が多かった。

 こういうのが多いと私でも正二君の事、引いてしまう。

 そんな私も幼馴染である正二君と一緒にゲームをするだけの為だけにまぁ、雲隠れすると言う目的もあるにしても、正二君の――男の子の部屋だからドキドキする。


「ゲーム、何する?」


「全部見せてほs……!?」




『カタカタ――ゴトゴト……ゴゴゴ!!』




 揺れ!? 地鳴りを感じる!?


「麻耶っ!」

「キャァアアアッ!」


 凄い揺れ方をした。正二君が私を囲うように庇ってくれてる。


(怖い! 怖いっ! 怖いよ……)


 幸いすぐに揺れが止まり、大きく感じた正二君の肌が背中から離れていく。私は顔を上げると、心配そうにしていた彼の顔が見える。


「麻耶、大丈夫か? ケガはないか!?」


 恥ずかしい。怖かったのは彼も同じなのに……


「大、丈夫。うん、ありがとう、正二君っ!」


 私は震えが止まらなくて、正二君を抱き込む。

(ドキドキしてる。好き、だったのかなぁ)




 少し落ち着いたところで抱き込んでいた正二から離れる。


「その、なんだ。怪我無くてよかった」


「ありがとう、正二君。あ、そういやニュース見てみる?」


「……」


 テレビの電源を入れる――がつかない。コンセントを確認したり様々試すが、ダメだった。


「正二君、これもしかして、電線が切れた?」


「嘘だろ?」


 正二が部屋の窓を開けるが、どこが切れてるのか解らない様子だった。夕方や夜なら電柱についてる街灯で見えやすいのに。


「ラジオはもってない、よね?」


「さすがに」


 私達は困り、他の部屋の電源も見に行く。でも、どこもつかない。


「どうするの? 正二君」


「とりあえず外に出て様子見、かな?」


 二人で周囲を見回すが、特に混雑や混乱がない。

 むしろ日常と変わらないかのような静かさで不思議に感じる。


「さっきの地震の後でどうしてこんなに静かなの?」


「麻耶、一度帰ってみたら?」


 正二の言う事は正しいと思う。

 家の中、どうなってるのか想像つくと恐ろしい。


「うん、そうする。正二君はこの後どうするの?」

「とりあえず、学校に行ってみてからどうするかってところだな」


   

 私、出会って間もないはずの正二君の事、『心配』なのかな?

「正二君、気を付けてね?」


 私の前で驚いてスマイルを見せると、正二君の手が私の髪の毛を撫でる。……ちょっと恥ずかしいかも。


 手が離れると、「行ってくる」と一言。正二君が乗った自転車がどんどん小さくなる。その姿が見えなくなる頃、空を見上げると夜になっていた。

 そこで、地震があった事を思い出す。慌てて家のドアを叩き、鍵が開いてるのを確認すると、中に入る。



 周囲の装飾や天井が崩れてない?



 それに気が付くと一息する。全ての部屋を歩きながら見渡す。ちょっと安心した。どこ見ても崩れてる感じが無い。さっき正二君が言った後だから不安だった。でも、なぜかな……『何か』を見逃してる気がする。


 私はそんな疑問が何だったのか思い浮かばず、その日は早めに就寝した。



 * * *



 次の日。


 ゆっくり瞼を開き、時間を見ると九時を回っていた。


 ただ、週末で学校が休みである事を知ってる為に二度寝を始める。その瞬間――



『……カタ……カタカタ……ガガガ!!』



「何? またなの!?」


 昨日より大きくなった地震に私は上布団にくるまっても危ないと思い、パジャマのまま頭にクッションを乗せて外に出る。


(これ、どうなってるの?)


 外で見た光景は、空に小さな青黒い渦巻きがあり、地上にある建物や車吸い込まれている光景。遠くから見てる為に小さく見えたのかもしれない。

 その力は地面の揺れからでも解る。


「あんなの、あれ……天変地異?」


 周囲を見渡してみるが、人の気配は感じない。昨日と同じく。まるで町から人間が消えたかのように。

 私は渦の中心から逃げる事にした。とてつもなく嫌な予感がする。

 衣服を着替える時間を考えず、そのまま靴だけ履いて走り始める。もちろんそこまで早くない。そして渦巻の風はまだ追いつきそうもない、だから後ろを見ながら走れる。

 でも、渦の広がりが早く見える。そこに気が付くと、私は慣れない『走る』と言う行動を今以上に、そして必死になる。



 五分くらい走り、疲労感が足と体力に出てきた。しかし、それ以上の速さで渦が迫ってきて、いよいよ後ろ向きでも恐怖が伝わるほどになってきた。


「い、嫌っ。誰か助けてっ!!」


 助けを乞う私が思いつく相手、それは――


「麻耶っ!!」


 正二が後ろから原付でやってきて、すぐ横で止める。


「後ろに乗れ! 早くっ!」


 聞くよりも体が先に動き、後ろに乗ると正二の両肩にしがみつく。エンジン音とともにおもいっきり走り始めた。


 十分くらい走ったところで原付を止めて、正二が一息入れる。その頃には渦から離れていた。だが、ゆっくりも出来る程ではない。


 私は怖くて正二の両肩をより強く持ち、そして震えてる……


「麻耶。大丈夫か?」


「うん。ありがと」


「少し落ち着いたら、すぐ移動するよ?」


「えっ?」


 正二から『移動』って言葉に家の方を振り返る。目に入るのは、数々の家やマンションが吸い込まれていくところだった。それは遠くでも――解る。


 吸い込まれる。マンションが、お店が、街そのものが。私はそれを眺めてると、正二が叫ぶ。


「麻耶! 行くよ! 裏山道まで」


 そう言うとまた、原付を動かす。けど――裏山道、って?

 考えるより今は、正二の両肩に捕まるまでが精一杯だった。



 * * *



 初めて正二君と出会った山よりさらに奥、山頂にある公園で原付を止めた。

 周囲に滑り台とかの遊具はない。しかし、丸太が重ねて並んでたり、木材で出来たイスなどある。

 時間があれば落ち着きそうな場所だが、今はその余裕もない。


「正二君、ここで何かするの?」


「麻耶……まだ、思い出せない?」


 えっ? 何を?

 そんな考えをちらつかせてる中、正二君が椅子の奥にある大木の方に向かって歩いていく。

 手前で止まると、私の方に振りむいて――


「僕はここで『


「どうして今、そんな話を?」


「あの渦はこの場所全てを飲み込む。そう、『壊す』とか『荒らす』じゃ終わらない。だから、『今の麻耶』に話しておきたくて」

 今の私? どういう――っ! (ズキン!) 頭が……痛いっ。




『ふーん、いい場所じゃない。さすが〇〇世界ってだけあるじゃない』

『ちーがーう! 私は麻耶。ま・や。今日から貴方は――』

『ほら、こっちこっち!早く来ないと捕まるよ!』




(何? これ……こんなの知らない)


 始めて見るはずのビジョンなのに覚えてる、気がする。


「……どうやら風がいよいよここまで届きそうだね。思い出せなくて残念だよ、麻耶。でも君だけは『帰れる』よ」


「帰る? って? 待って。私はこの町で――」


「麻耶、君はここにもういるべきじゃない」


 正二君が目を瞑り、落胆したかのように右手を顔に当てながら言う。


「どうしてそんなこと言うの? 嫌いなの?」


「こっちに来て、麻耶。あの風から逃げる為に。生きてほしい。お願いだ」


「嫌っ! 私は正二君とこれからも居たいっ!」


 私の話を聞かず、正二君の近くにある一本の木に平手を当てると、近くの地面から一人分のガラス状のカプセルみたいなのが出て、ドアが開くと同時に私の袖を掴み、カプセルの中に入れられ、ドアが閉まる。


「思い出せなかったみたいだから簡単に言うけど、ここは『VR恋愛ゲームの世界』なんだよ」


「!?」


 あ…… そっか。私、思い出した。


 現実から逃げる為。そして異性の欲望が、『好き』って言葉を別の意味で溶かしてしまい、絶望してVRゲームに逃げたんだ。そして、正二君は――そう、彼は……『NPCの一人』。

 人気になる事が無かったゲーム、『フレンドリィ・サークル』ってタイトルを見つけて、ゲームが目的ではなく、『理想』を求めていたんだ。

 そして現実世界の今日、ゲームの終了前に正二君を助けたくてINする予定だったのに、緊急メンテナンスのタイミングに入ってそれで――


「……耶っ、麻耶!」


「えっ?」


 声に反応して意識を取り戻すと、もう風がそこまで来てた。

 荒々しくなってる訳ではないが、肉眼でも上空に飛んでいる木が渦の中に入る頃、デジタル化して砕けていくのが見える。

 

「どうなってるの、これ……」

 恐怖とも混乱とも取れる震えた声が出る。


「ゲームの世界が終わりを迎えようとしてるんだ。麻耶はその手前――そっちの世界の二時間前にINしたんだ。メンテナンスのタイミングにね。それが原因なんだろうと思うけど、記憶が無くなっていたんだ」


「そう、だった。私、正二の事をどうにか助けたかった。現実にいる人間よりも好きになれたから」


 現実の異性は『キス』などの行為をすぐに行動してきて、『付き合う時間』を作ってくれない事に嫌気を出して諦めていた。

 それでも次から次へと、告白をしてくる事にストレスが溜まって……それが嫌になって学校に行くのを止めたり、行っても人気のない場所に隠れた。

 そして家や学校の合間にフレンドリィ・サークルの中でNPCを改造するようになった。

 その結果が正二――『NPCから育成してきた人間役』。

 時間は正に三年もかけた。私は正二の事を育成していく中で『好き』と言う感情を、改めて知ってしまった。

 だから、消えてほしくなかった。私のいる世界のデスクトップに来てほしかった。それが最大の理由。


「正二、お願いっ! 私と一緒に来てっ!」


 カプセルの中もあり、感情的に言った。しかし、正二は顔を横に振っていた。


「ダメなんだよ。そちらに行くまでに二つの問題がある。一つ目にこのゲームのNPCの立ち位置は数分で全てのデータを移動させるのが無理。二つ目、出来たとしてもデスクトップに持っていくまでにデータを簡略化しないといけない。だが、それまでの時間もない。現実的な事が無いんだ」


「お願い――諦めないで、正二……」


 別れたくなくて声が震えてる。現実世界にはなかった感情、それを今知ってしまったからこそ流れる涙。

 泣き崩れた。その場に座り込み、ガラスを叩くがびくともしない。すると、正二が目の前で人差し指を口元につける。無言で『静かに』って合図だった。



 そして手が離れると、口だけ動かして――



 『――、――……』



 口だけでメッセージを送られたのを見ると、ガラス越しでも近づこうとする。その瞬間――


 目の前が真っ暗になった。



 * * *



 「……はっ!?」


 麻耶が涙が流れ落ちていくのを肌に感じた時に気が付いた。ベッドで倒れたまま、そしてVRゴーグルをつけた状態で上布団の上だった。

 真っ暗の画面に白の文字で『No game data』の一文だけが表示している。

 ゴーグルを外すと、光が差し込んで目が少しくらむ。

 光に慣れてきたところでゆっくり開き、VRゴーグルからスマホを取り出すと、ゲーム画面をスライドさせる。アプリは――まだ残しておきたい。


『正二――Delete、されたのかな……』


 スマホの中にあるアプリを見つめながら呟くと――



『~♪♪~♪』



「タイトルの無いメール? いったい誰の……」


 興味に注がれ、そのメールを見て驚いた。



『麻耶へ――


 君がこれを見てるって事は無事に戻れたって事でいいかな? 無事でよかった。俺はこのメールをしてる時はもう渦の中に入る手前だ。だからこれだけ伝えるよ。麻耶は異性と付き合うべきだ。そして幸せになってほしい。俺みたいなNPCを育てるのではなく、まっとうに生きてる異性に対して、だ。Daカラ、麻Yaハ現実Wo生キ続ケテHo……』



 渦に巻き込まれる直前のメールだったのか、最後の方は文字が崩れてる。

 でも、間違いなくこれは正二からのメッセージ。


「~~っ!!」


 私は改めて正二を失った事に顔を布団へ潜らせて、声を隠すように泣いた。

 止められない、止まらない、失った人が本当に初めて好きになれた事、それと同時に失ってしまった現実に。



 しばらくすると、顔を上げた。鏡で見ても酷い事になってる。

 少し化粧をして整え直すと、フレンドリィ・サークルの公式ページを覗くと、そこにはゲーム終了のお知らせがあり、その現実を受け止める。

 そこで私は正二からのメールを消さずにロックする。


『ありがとう、正二。私の我儘で君を育てたつもりでいたのに、私が良い経験したみたい。だから……正二に背中を押されてって言うのもあるけど、相手に告白するよ。私の意思を伝えるから』


 スマホで相手を指定の場所に呼び出す約束をする。

 そして一度服を着替えて外に出ると、自転車に乗って走った。



 * * *



 「待った?」


 相手に背中越しで言われて、座っていたベンチから立ち上がり、『今来た所ところ』と噓を言い、目線を相手に合わせる。


「どうしたの? 急に呼び出して」


 

 その言葉を聞いてから、一度深呼吸をして私は異性である相手に告白する。


「あのね、私……貴方の事が――」

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正常と思っていた私は○○だった!? 矢切恭平 @kyouheiyagiri

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