第8話
玄関の扉を開け、へとへとの状態で無事帰還を果たす。
あの後、ノノさんを撒くの大変だった……。
「あっ、おかえり~、お兄ちゃん」
「ん、ただいま、梓」
エプロン姿の梓はいつもの調子で玄関までやってきて、出迎えの言葉を掛けてくる。
……あれから二年。梓はもう小学五年生だ。
昔からしっかり者だったが、高学年になってからはそれに拍車がかかったようでもはや妹というよりは、母親に近しい存在となってきた。
昔は着られている感が強かったエプロンも完璧に着こなしている。
「ご飯できてるけど、食べる?」
「もちろん、もう腹ペコだよ」
「えへへ、そっか。じゃあご飯よそうね」
空っぽの胃をさすりながら笑って首を縦に振ると、梓もまた笑顔で答える。
僕は着替えるよりも先に食卓に腰掛けると、そこにはから揚げに海老フライ、マグロの刺身にデザートのショートケーキまである。
「どうしてこんなに豪華なんだ。なんかいいことでもあったっけ?」
「そんなの決まってるじゃん。今日はお兄ちゃんのニュース初出演日だよ? ちゃんと録画もしてあるからお父さんとお母さんが帰ってきたらもう一度見るつもりだよ」
「や、やめてくれよ。恥ずかしい」
若干顔に熱がこもり、ポリポリと頬を掻く。
身内に自分の出演番組を見られるというのは、なんだかこそばゆい。
「あはは、お兄ちゃんテレビ出てるときずっと緊張してたもんね」
「勘弁してくれ……」
意地悪気に笑われながらも、僕は差し出されたあふれんばかりの白米を盛られた茶碗を受け取る。
こ、これ、食べきれるかな……。
「いいじゃん、別に。それでもちゃんとやれてたと思うよ」
「そうか?」
「うん! 絶対そうだよ!」
「そっか、……ありがとな」
笑いかけてくれる梓に僕は照れくさそうに一言礼を言う。
プロデューサーに褒められた時より嬉しかったのは黙っておこう。
「それより、ほらっ、早く食べて」
「ああ、いただくよ」
手を合わせてから、から揚げを口にする。
少し冷めてはいるが分厚い肉が絶妙なたれで味付けされ、衣を噛んだ瞬間胃が満たされる感覚に包まれる。
空腹も相まって、最高に美味い。
「どう?」
「超絶美味い」
「えへへ、よかった♪」
僕は箸を止めることなく食べ進め、皿に置かれた食材はみるみる姿を消していく。
きっと、ファミレスとかで食べたらこうはならなかっただろう。
空腹や味付けではなく、なにより梓が丹精込めて作ってくれたということが箸を動かす原動力となっていた。
そんな光景を梓は嬉しそうな笑顔で見つめている。
「……お兄ちゃんさ。最近なんだか楽しそうだよね」
「ん? どうしたんだ。急に」
突拍子もなくそんなことを言われ、疑問を抱かずにはいられなかった。
「ただそう思っただけ。ほら、学校行ってる時のお兄ちゃんはいっつも辛そうだったけど、今はなんか毎日が充実してるように見えるんだ」
「まあ確かに充実はしてるな」
良い意味でも悪い意味でも。
「そういう梓はどうなんだ?」
「私?」
「ああ、学校とかさ」
「学校は楽しいよ。あんまり仲良くできない子とかもいるけど、それでもお友達はいっぱいいるし」
「そうか、ならよかったよ」
梓には俺みたいな中学中退みたいなことにはならないで欲しいからな。
自分がそういう経歴なだけあって時々心配になってしまう。
「それに参観日もあるしね」
「参観日? ——ああ、そういえば明後日だっけ」
「うん! その日はお母さんもお父さんも来てくれるらしいし、楽しみなんだ!」
今日一番の笑顔で梓はそう言う。
うちの両親はなかなか休暇を取れない仕事柄だが、梓や俺の参観日には毎回平日に無理やり休暇をねじ込んでは来てくれていた。
あまり家に帰って来れない両親と学校から夜までずっと一緒に居られることは、梓にとってこの上なく嬉しいことなのだろう。
僕が参観日行くって言っても、ここまで喜んではくれないんだろうな。
胸の内に若干の悲しさを残しながら、僕は海老フライを口にする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます