チビでデブだった僕が努力して俳優になる(仮)
オカモト タカヒロ
第1話
笑い声が聞こえる。
僕を蔑む、笑い声が聞こえる。
「きめェンだよ、豚がッ‼」
「ぐッ!?」
腹部に鈍痛が走る。
蹴られた衝撃だ。
そしてまた笑い声。
痛みに悶え、地面に這いつくばっている僕を笑っている。
柊 アオト、中学三年生の十五歳。
——僕はいじめられている。
僕をいじめているのは男女二人の計四人組だ。
パシリとして使われ、暴力を振るわれる。今のように。
いじめられる理由は単純だ。
僕がチビでデブだから。
それだけの事。
そんな僕を顎で使って痛めつけることが、彼らにとっては楽しいことなのだろう。
彼らからしたら僕をいじめることは娯楽の一種でしかない。
おもちゃ同然だ。
「おら立てよっ! 寝っ転がってたら殴りにくいだろうがッ!」
グループのリーダー格である彼は、放課後になると校舎裏に呼びつけ僕をサンドバックのように扱う。
「うっわ、ひっどww 豚ちゃん瀕死じゃんww」
全身に打撲傷を負った僕の姿を見てギャル風の女子は、笑いながらそんな僕の姿をスマホで撮影する。
そんな二人の後ろにはヤンキー座りをした男女が僕のことなど気にも留めず、スマホをいじっていた。
そんな二人にふと視線が行くと、
「ちっ、最悪……。今、豚にパンツ覗かれた」
女子の方が言いがかりをつけてきた。
確かに二人の方は見たが、決して下着を見てなんていない。
しかし、彼らにとってそれが真実かどうかなどどうでもいいことだ。
「は? テメェ何俺の彼女で発情してんだよ?」
言いがかりをつけてきた女子の隣で座っていた男子が、その場で立ち上がりズカズカと僕の方へと歩いてくる。
「ち、ちが、……み、見てな……」
「嘘ついてんじゃねぇ……よッ!」
ゴッ! と、僕の頭をサッカーボールのように蹴飛ばす。
視界が揺らぐ。
蹴られて衝撃で目眩を引き起こしたのだろう。
「ヒュ~♪ ナイスシュート~」
だんだん目眩がひどくなっていき、意識が朦朧となってくる。
ああ、またか。
意識が飛びそうなとき、そう思った。
消えゆきそうな意識の最中、笑い声とスマホのカメラでシャッターを切る音がだんだん遠のいていく。
目が覚めると、校舎裏だった。
そこには誰もいない。
きっと僕が気絶して、蹴るのをやめたのだろう。
あたりを見渡すと、日は傾き、いつもの景色がオレンジ色に染まっていた。
腕時計を見ると、時計は五時半を示していた。
気絶して一時間も経っていたのか。
そのことを確認すると、僕は傷だらけの体を無理やり起こし、トボトボとその場を後にする。
ガチャッ、と玄関のドアを開ける。
「あっ、おかえり、お兄ちゃん」
家に帰ると、小学生である妹の梓あずさがエプロン姿で出迎えてくれる。
「うん、ただいま」
力なくそう返す。
「…………また学校で何かあったの?」
気を遣うように優しく梓が尋ねる。
「え、いや、何にもないよ。あはは」
乾いた笑みを張り付ける。
「だって、お兄ちゃんの制服ボロボロじゃん」
「こ、転んだだけだよ。ほら、僕ってどんくさいからさ。——それより、今日も父さんと母さん帰って来てないの?」
誤魔化すように話の腰を折る。
「うん。今日も遅くなるみたい」
「そっか、じゃあ夕飯作らないとな」
僕は靴を脱ぎ、自宅に上がる。
「ご飯はもうできてるから、お兄ちゃんはお風呂入ってきて。転んで汚れちゃったんでしょ」
梓は明るい笑顔でそう言ってくれる。
きっと、わかっているんだ。
僕が学校でいじめられていること。
それを知っているから、知らないふりをしているのだろう。
梓は昔からしっかり者で、他人を気遣うのが上手だからな。
——でも、それが辛かった。
妹に気を使わせている自分が、惨めで、情けなくて、辛かった。
服を脱ぎ風呂場に入ると、シャワーを浴びることもなく、湯船につかることもなく、鏡の前で立ち尽くし、自分の姿を一瞥する。
痣だらけの体、低い身長、肥満な体型。
我ながら醜い姿だ。
……豚……か。
彼らがそう呼ぶ、僕の蔑称。
「ホント、ピッタリな呼び名だよ」
思わず自虐的な思考になってしまい、言葉が漏れてしまう。
——いじめられて、もう一年余りが過ぎている。
もはや、慣れている自分がいる。
いじめられることが日常の一部となってしまっている。
きっと中学を卒業して高校生になっても、違う誰かにいじめられるのだろう。
大学生になっても、社会人になっても、きっといじめられることはなくならない。
僕はそういう星のもとで生まれてしまったから、しょうがないんだ。
もう、諦めるしかなかった。
彼らに抵抗する勇気も、自分を変える原動力もない僕はこうして生きていくしかないのだと、納得してしまった。
朝がやってくる。
重たい腰を上げ、制服に着替え、学校に行く。
「よう! ぶ~たッ‼」
登校中、後ろから思いっきりけりをいれられる。
その衝撃で、僕は顔から地面に転び、鼻からは血が出ている。
そんな僕を彼らはまた笑う。
そして、転んで四つん這いになる僕を気にも留めず、四人はそのまま追い越していく。
いつも通りの朝だ。
「お~い、豚。焼きそばパン四つ。ダッシュな」
「う、うん」
昼休みになると購買へと走らされる。
購買は相変わらずの混み具合だ。
人だかりに揉まれながらなんとか焼きそばパン四つを確保し、教室へと戻る。
「は、はい、これ」
焼きそばパンの入ったビニール袋を差し出すと、リーダー格の男子が乱暴にひったくり、代金も礼も払わずにいつもの四人組でそれを食べ始める。
僕は彼らから離れた席で二段弁当を広げ、食事をする。
朝早くに梓が作ってくれた弁当だ。
二段目には、色とりどりのおかずが詰め込まれており、一段目を開けると、
白米の上に「ファイト!」と海苔で器用に文字が作られていた。
「ありがとう、梓」
小さな声で、そう呟いた瞬間。
「ド~ン‼」
ガシャアアン‼ と、僕の机が音を立てて横転する。
机が転がると同時に、机の上に置かれた弁当箱は地面に落ち、運悪く中身が下向きとなってしまう。
「テメェは豚なんだから、地面に這いつくばって飯食えよ」
捨て台詞を吐いて、リーダー格の彼は三人の元へと戻る。
僕はそんな彼を気に留めることなく、落ちた弁当箱をただ眺めていた。
怒りに震えているわけではない。
ただ、わざわざ朝早くに弁当を作ってくれた梓への申し訳なさでいっぱいだった。
僕は座っていた椅子から降り、地面に膝をついて弁当の中身を拾い上げる。
中身を全部戻し終えると、倒れた机を戻し弁当を口にする。
「ぶっ!? あ、アイツ落ちたモン食ってるしww マジキモッww」
遠くからそんな笑い声が聞こえる。
その姿を見て、クラスのみんなは何も言わない。
見えないふりをして黙々と自らの食事を食べ進めている。
別に、彼らが薄情なわけではない。
ただ、クラスメイトは自分がいじめの標的にならないよう賢明な判断をしているまでだ。
それに、彼らが助けてくれるなんていう期待は、もうとっくに捨てた。
放課後は昨日と同じだ。
校舎裏に呼び出され、暴力を振るわれる。
そして今日も気絶した。
もしかしたら気絶癖がついているのかもしれないな。
そうして家に帰る。
また梓に気を使わせてしまった。
僕は「弁当おいしかったよ」と言って何もなかったように振る舞う。
その後風呂に入り、晩御飯を梓と二人で食べて、眠りに就く。
朝起きる。
また同じ繰り返し。
蹴られ、パシらされ、暴力を振るわれる。
毎日。
毎日毎日。
同じことの繰り返し。
嬲られ、蔑まれ、笑われる。
毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日
嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われ、嬲られ、蔑まれ、笑われる。
そしてついに、僕の心の中で何かが限界に達した。
満杯だった杯が溢れ出るように、引っ張られた糸が千切れるように。
—————あっ、もう無理だな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます