第5話 食事会
「ま……まぁ、これから何が起こるか分かりませんから。課題の内容によるかもしれませんし」
「アンタもお姉ちゃんくらい呑気なのね。ま、いいわ。精々頑張って」
ピオニーはそう言うと酒の入ったグラスを片手に私達から離れていった。あの見た目で成人しているなんて驚きだ。
「リリーちゃん、ごめんね。ピオニーってば暫定順位が高かったからちょっといい気になってるみたいでさ」
「そうなの?」
自分が一位だと思って進み出た事の恥ずかしさのあまり、他人の順位を気にする余裕がなかった。
「三位だったの。すごいよねぇ。私と何が違うんだろうね」
最初の暫定順位は能力というより、紙面で分かる生い立ちや外見くらいしか評価基準にならないだろう。意外とこの国にはロリコンが多いという事が分かった。それにしても、このまま順当にいけば勇者の称号を得られるのだ。調子に乗るなという方が難しいだろう。
「すごいわね。でも私たちもまだ諦めちゃダメよ」
「そうだよね! まずはご飯をたくさん食べよ!」
ニッコリと微笑んだメリアはそのまま山盛りの肉を平らげると、更に追加の肉を取りに行った。皆、見た目への影響を気にしているのか野菜を中心に食べているので肉はメリアが一人で消費しているようなものだ。
「おっす! レジェンドちゃん」
嫌味でも言いに来たのかと思い振り返ると、木炭のように黒黒とした髪の人がいた。顔立ちがこの辺の人ではない。東洋にルーツのある人だろう。普段は見慣れないタイプの顔つきなので、凝視してしまっていたことに気づいた。
「リリーです。リリー・ルフナ」
黒髪の美女は声を上げて笑う。
「知ってるよ。災難だったよな。一位だと勘違いして前に出るなんて私だったら立ち直れないよ」
私をからかいに来たのだろうか。屈託のない笑い方をするためさっきほど嫌な気分にはならない。
「からかいに来たの?」
「あぁ。違う違う。そういうつもりじゃないんだ。私はラン・ロンジン。ランでいいよ。私も『レジェンド枠』って訳。親近感が湧いたやつに話しかけて回ってるんだ」
魔法を使わない、もしくは使えない人という事だ。ヒースが新たな流行語を生み出してしまったらしい。
「そうなのね。よろしく」
「あぁ。よろしくな。ま、何かと固まることもあるだろうからさ、顔と名前くらいは覚えておこうと思ってな」
貴族と平民。それと同じように課題によっては魔法が使える者とそうでない者に二分されるタイミングもあるのだろう。実際には二つの条件をかけ合わせて四分されるだけかもしれないが。
「ふぅ……ただいま。あ! えぇと……レンさん……でしたっけ?」
メリアが山盛りの肉を持って帰ってきた。レンと言われた途端、ランの顔が険しくなる。言い間違えに厳しい人なのだろうか。
「レンはあいつだよ。私はラン。名前は似てるけどそれ以外は別物だからな。頼むぜ」
そう言って貴族ゾーンにいる、これまた東洋系の人を指差す。ランは平民ゾーンで、レンは貴族ゾーンなので縁戚関係では無さそうだ。それでも、二人の間には険悪な何かがありそうなことを察する。
「これうめぇな! 肩肘張って野菜ばっか食ってたのが馬鹿みたいだわ!」
メリアの皿から肉を指でつまんで食べたランが良い声を出す。私もこのくらいの緩い感じが良い。せっかく良いご飯が用意されているのだから、口は会話をするためでなく、食事のために使いたい。
ランもすぐに笑顔に戻ったので、あまり根に持ったりするタイプでは無いみたいだ。ネチネチとした人は苦手なので、ランとは仲良くしたいと思った。
メリアのように一人でガツガツと飯に手を出す勇気はなかったが、三人なら恥ずかしくない。私も本格的に飯に手を出そうと思った矢先、会場前方から、候補生を代表してリリィ・ルフナがスピーチをすると、ヒースの声が聞こえた。
すぐに拡声器のテストをするリリィ・ルフナの声が会場に響く。
『皆様、今日はお疲れ様でした。これからも順位で一喜一憂する事になる仲間としてまずは乾杯』
リリィ・ルフナが盃を掲げるのに合わせて全員が同じ動作をする。
『ここにいる五十人……失礼。五十一人のうち、最後まで残る事が出来るのは四人。つまり、残りの四十七人はここを去る事になります。ですが、最終目標はなんであれ、この瞬間は目的を共にする同志がこの場に集まったのです。当然、このオーディションが終わった後にも繋がりは残り続け、互いに利するものとなるでしょう』
貴族と平民。だが、そのほとんどは何かしらの理由でその暮らしを変えたいを願っている者達だ。これで脱落したとしても、商人がパトロンにつく可能性もある。実際、第一回目と二回目で脱落した候補生もそれなりの規模のギルドを立てたり、高待遇でギルドからの勧誘が来る人も多かったと聞く。
そういったコネを今後も切らさない事が大事だと言いたいのだろう。どちらかといえば平民側への忠告な気もする。
『長話は好きでないのでもう止めます。とにかく、私が伝えたかったのは、貴族や平民、魔法使いか否か。そういった線引は無駄だという事です』
長話は好きではないと言いつつも、言葉に力が入っていてまだまだ続きそうだ。
『交流の第一歩として、私は部屋の向かって右側に集まっている方々の所へ参ろうと思います。部屋の向かって左側に集まっている集団には……リリー・ルフナさん、お願いできますか?』
いきなり指名されたので驚く。周りも私を凝視してくるが、ほとんどの人はニタニタと気味の悪い笑いを浮かべている。リリィ・ルフナの言いたいことは分かるが、理想論すぎると思う。
自分は暫定順位とはいえ一位だし大臣の娘だし、平民ゾーンに来ればさぞかしチヤホヤしてもらえるだろう。対して私は上流階級の作法という武器も持たずに丸腰で貴族達の社交場にブチ込まれるのだ。
リリィ・ルフナの狙いは分からないが、受けて立とうと思った。こんな事でへこたれていたら勇者なんて夢のまた夢だ。どうせ平民ゾーンも大して居心地は良くなかったので似たようなものなのだし。
透明な国境を越えて貴族の娘が集う輪に近づいていく。さっきの平民ゾーンほど嫌味な態度は無く、自然と全員が動いて一人分の隙間を確保してくれた。
だが、大っぴらには見えないようにするのが上流階級の流儀らしい。私が輪に入るなり、穏やかな微笑みから飛び出して来た言葉は衝撃的だった。
「平民の方のリリーさん。貴族舞踊ってご存知かしら? 私と踊りませんこと?」
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