この畑は呪われちまった……

未熟な堆肥を使うことの問題点の一つに、<におい>がある。しっかり完熟した堆肥はそれこそ土っぽい匂いしかしないけど、未熟なそれははっきり言ってくさい。有機物とそれを餌にする細菌が大量に残ってることでにおいを作るんだ。ここの人達はウンチを魔法によってカッサカサでパサパサの土みたいのに変えて細菌を死滅させた上で捨ててたこともあって、排泄物の臭いにまみれた生活をしてないから、割とこの手の臭いには敏感だった。


私達と同道したキラカレブレン子爵も、その臭いに服の袖で鼻を覆ってた。


「これは……酷いですね……」


彼がそう呟くのも無理はない。これがあるから、日本では人や動物の排泄物を利用した肥料の使用には厳しい制限があるんだ。一部で誤解があるみたいだけど、使っちゃいけない訳じゃない。使う時には厳密に決められた使い方をしなきゃいけないってだけだ。悪臭とかの被害が出ないようにね。


でも私達がいる場所では、典型的な人肥の臭いが立ち込めてた。


日本に昔からあった<肥溜め>は、ウンチとかを発酵させることである程度まで細菌とかをコントロールして使ってた。あれはその為のものだ。それでも完熟まではいってないから臭う。でも私はより確実に品質を安定させたかったし、臭いに慣れてないここの人達に嫌悪感を抱かせないように悪臭を抑えることも大事だったから完熟堆肥しか使わないようにしたっていうのもあるんだ。


そういうことをまったく理解してない人間が上辺だけを真似ようとするとこうなる。


見ると、畑の脇に腰を下ろして呆然と眺めてる中年の男女がいた。たぶん、この畑を担当してた農家の人だろう。私達が畑を見てるのを気付いてそうなのに話しかけてさえ来ないのは、よほどショックを受けてるからなんだろうなと思った。


だから私が近付いていくと、ようやく男の人の方がぽつりと口を開いた。


「魔法で大豊作にしてやるって言うから信用してみりゃこの有り様で……この畑は呪われちまった……もう、まともな畑に戻せるのはいつになることか分からねえ……」


呟くように言った男の人の横で、奥さんらしき女性が顔を覆って泣いていた。


『畑が呪われた』か……なるほどここの人達にとってはそういう感覚なんだなと思った。だから私は言ったんだ。


「私も魔法使いです。この畑に掛けられた呪いを解きに来たんです。私に任せてもらえますか…?」


そう言った私の方には視線も向けず、


「もうどうせ俺達にできることは呪いが解けるのを待つだけだ。好きにやってくれ……」


と、吐き棄てるように投げやりな言葉を発しただけだった。


だから私は好きにさせてもらった。畑に入り、まだ熟し切ってない人肥に再度魔法をかけて、完熟させていったのだった。


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