でもねえ、世の中ってそこまでは上手くいかないんだよねえ

なんて感じで、私の目からはものすごくとんとん拍子にこうして国の後ろ盾を得られるようになったって印象だったんだけど、申し訳ないけどトランゼンベス卿は思い違いをしている。私が提案したものは、私の<発明>じゃない。


<トランゼンベス卿の人生の半分にも満たない期間>


で生み出されたものじゃないんだ。何百年もかけてたくさんの人達の努力の果てに生み出されたものなんだよ。私はただ、それらをこの世界の理に落とし込んだに過ぎない。まあ、そのことについてはおいおい説明していけばいいけどさ。


しかもそれとはまた別に、ここに至るまでの間には、メロエリータによる、並み居るお大臣を前にしての丁々発止のやり取りがあったそうなんだ。


もっとも、私がそのことを知るのはずっと後になってからのことだったんだけど。


とにもかくにも、たくさんの人の努力と尽力によって、私達はファルトバウゼン王国公認の大商会としての地位を獲得することになったんだよね。


でもそれは、私の現時点での最終目的、<この世界から飢餓をなくす>というものからすれば、はっきり言ってようやく実現の為の足掛かりを掴んだっていうだけのものでしかない。


これはゴールじゃない。ようやくスタートラインに立ったって感じなんだと思う。ここで終わっちゃったらそれこそ<俺達の戦いはこれからだエンド>になっちゃうんだよねえ。


そもそもここまで大した山場もなく来ちゃったしさ。


だけど実際にはこれからなんだ。この国にはたまたま私にとって有利な条件が揃っていただけで、他の国では必ずしもそうとは限らない。そして、私の思う通りに人間が動いてくれるとは限らない。


事実、翌年の夏前にそれは起こった。起こってしまったんだ……




事の発端は、シャフセンバルト卿の領地内でカリン商会の支社を作る為の面接で落とされた人間達が、他の国に行ってカリン商会のやり方を勝手に真似して事業を始めたらしいことだった。


それ自体は、完璧に上手くいってくれるなら、この世界の飢餓をなくすことに役立ってくれるなら、商売的な面は別にして私個人としてはむしろ歓迎すべき流れだとは思う。


でもねえ、世の中ってそこまでは上手くいかないんだよねえ。


と言うのも、ファルトバウゼン王国と同盟関係にあった隣国の地方の町で、うちの手法を盗用した、しかも、話を聞く限りでは、管理の杜撰な未熟な堆肥を大量に投入したことによる窒素飢餓と思しき障害で作物に大打撃が出たということだった。


そのことを、懇意にしている貴族から伝え聞いたというメロエリータから聞かされた私は、


『恐れていたことが、ついに……』


と血の気が引くのを感じていた。これがあるから、徹底した管理を第一にしてたんだ。十分な専門知識を持たない人間が勝手に判断してやらかさないように、支社には指示待ち人間しか置かないようにしたんだ。


それなのに……!


「リータ! その被害について私も自分の目で確認したい!」


こうして私は、メロエリータと、ファルトバウゼン王国からの特使として隣国に赴くことになった役人を伴って、去年に引き続き大豊作となりそうな景色の中を馬車で走り抜けたのだった。


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