第二章-5
「な!」
誰よりも驚いたのは、竜王だ。
「いかん、ヒナリ! 危なすぎる!」
「烙印を消すことはできなくても、結界ははれる。二人の手助けができるよ」
「ヒナリ、分かってるのか? 遊びじゃないんだぞ。結界の術は確かに見事だが、戦いは不得意だろう」
「でも!」
ヒナリは確固たる決意を秘めた目で、竜王を見つめる。
「せっかくこうして出会ったもの、少しでも助けになりたいの。リエちゃんの命が危ないって分かっているのに、このままのんびりするなんて嫌よ。私も、手助けするわ。竜宮の姫として!」
ヒナリと竜王、二人の視線がぶつかり合う。
先に、視線を逸らしたのは、竜王だった。
「陸の子よ。どうする? 私の娘はこう言っておるが」
リエとソラは顔を見合わせる。
「その、結界をはるって? あの洞窟みたいな場所を作れるのか?」
「洞窟、というよりは、見えない壁を作る感じかな。壁の硬さは保証する。ちっとやそっとじゃ壊れないよ!」
「なら、来てもらいたいな。悪霊の攻撃を避けるには、結界が必要になる」
ソラは言った。すると、竜王は深々とため息をつく。ため息の泡が、どんどん登っていく。
「……仕方ない。行ってきなさい。ふたりとも、娘をよろしく頼む」
「やったあ! よろしくね、リエちゃん、ソラくん!」
ヒナリは満面の笑みを浮かべる。
「うん、よろしく。ヒナリ」
リエも笑みを浮かべる。
「ああ、よろしく」
ソラはそっけなく言った。
「じゃあ準備してくる! ちょっと待ってて!」
ヒナリは身を翻すと、洞窟へ戻っていった。少しして、人間の姿で帰ってきた。さっきと同じ藍色の衣を着ているが、背中に大きなかごを背負っている。
「お待たせ! さあ、行こう、行こう!」
不意に、前が淡く光りだしたかと思うと、大きな渦の柱が現れる。
「この渦に乗りなさい。陸地へ連れていってくれる」
リエは恐る恐る、渦に手を伸ばす。触れると、ほんのり温かい。
竜王は静かにリエを見ている。
「ほら、早く行きなさい。化け物はこうしている今も、そなたを追っている」
リエは渦に飛びこんだ。ふわりと身体が浮き、ぐんぐん上昇する。渦の向こうの暗闇に魚が一瞬見え、下へ消えていく。やがて、頭上が明るくなってくる。ゆらゆらと揺れる水面に、リエは勢いよく顔をだした。
空は清々しい晴れ。水面はキラキラと光をはね返し、眩しい。少し先に、砂浜が見える。リエは泳ぎ、砂浜にたどり着いた。水を吸った花嫁衣装がずっしりと身体にまとわりつく。
「さあ、早く行こう!」
ヒナリが砂浜にあがってくる。鯨ではなく、人の姿だ。その後にソラも続く。毛がぐっしょり濡れ、一回り小さくなったように見える。
「なあ、ヒナリ。俺達を助けるためじゃなくて、陸を旅したいから、くっついて来たんだろう?」
ヒナリはエヘヘ、と舌をペロリと出して笑う。
「だってお父様、陸へ行くことを全然許してくれないんだもん。だから、今まではこっそり砂浜をうろうろするしかなかったの。そこに、こんな良い機会がふってきたんだよ? 絶対に逃すわけにはいかないわ! でもね、二人を助けたいっていうのも、本当だよ」
そう言って、ヒナリは低い声で何か唱えた。すると、リエとソラの周りに熱風が吹き、二人の衣と毛は綺麗に乾いた。
「ささ、行きましょ!」
ヒナリは無邪気に笑うと、リエの手を引っ張り、砂浜を軽快に駆けだす。
「ま、待って!」
砂浜に真新しい足跡の模様ができる。
「……元気だな」
ソラはそう呟くと、二人の後ろを歩いていった。
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