第28話・お嬢さまとメイドの華麗なる日々?

 お昼休みは最近ほとんど一緒にいるのだが、その分万千も遠慮が無くなってきた、というかもともと誰に対しても遠慮などする気性ではないというか。

 ともかく、教室の隅っこの方で机を並べて向かい合って弁当を並べると、必然的に顔は向かい合わせになり、一方はもう一方をしげしげと見て言うのだった。


 「最近、しのしの機嫌いーよねー」

 「最近って…今までどう思われてたの、わたし」

 「それを口にするのは野暮っていうものよん 」


 と、立てた人差し指を左右に振りながら気取って言う万千。


 「…えい」

 「あqwせdrftgyふじこlp?!」


 ムカついたので、その指を握って曲がったらいけない方に曲げておいた。

 賑やかな昼食の光景である。


   ・・・・・


 同じ頃、住み込みメイドは招かれざる客を迎えてた。


 「だから年下のあたしにたかるなっちゅーに。あとこの部屋の食材はお嬢さまに支給されたもので、あたしの一存で勝手にひとに分け与えられるもんじゃねーって言ってんでしょーが」

 「だからってせっかく訪ねてきた従姉妹に出すのがペヤングってどゆことなのよぅ…」

 「地元の誇りだと思ってありがたく食え。あたしが出せる私物はこれくらいだ」


 まるか食品。本社は群馬県伊勢崎市。二人の故郷でもある。


 「うう…今まで散々世話してきた従姉妹が冷たい…こうなったら世を儚んで麻季ちゃんの部屋で…」


 お湯を入れて間もなく三分経つプラカップを放置して、脱兎の如く駆け出す仁麻。

 慌てて追いかける麻季の腕をかいくぐり、驚きの速さで麻季の部屋の前に達する。鍵などかけられていないことは確認済みだ。躊躇無く扉を開け、アホほど広いベッドの上にダイブした。

 麻季は麻季で必死である。別に世を儚んで死のうが勝手だが、自分の部屋で死なれたのでは後始末が面倒だ。


 「つーか仁麻テメェこの家来るの初めてなのになんであたしの部屋の場所知ってんだッ!」


 至極もっともな疑問を叫びつつ仁麻に追いついた時、そこに見たのは、赤い顔をして自分の部屋から出てくる仁麻の姿。


 「……おい」

 「麻季ちゃぁん……なんで、なんで…麻季ちゃんの布団から篠ちゃんのにおいがするの…?」

 「………」


 赤い顔の理由はそれか。また仁麻も妙なところで初心いものである。といって放置するわけにもいかず、麻季は答えた。


 「あんたは犬ですかい。つか別に何もしてませんて。ただ時々お嬢さまがあたしの部屋に忍び込んでお昼寝してることがあるくらい…って、その辺の話は確かしたと思ったけど…いやもう、いいからとっとと戻って食ったら出てってください。仕事の邪魔。というか自分の仕事はどーしたんすか」

 「有給休暇~…」


 だったら大学に行ってりゃいーでしょうが、とまたもやもっともなことを言いながら仁麻の背中を押して、ダイニングへ向かう二人だった。


 ちなみに仁麻が戻った頃、ペヤングはもうすっかり延びていた。

 食べ物を無駄にすることが許せない麻季は、冷めて油クサくなったペヤングにラー油と唐辛子をかけて味を誤魔化し泣きながら食べる仁麻を、完食するまで鬼の形相で見守っていたとかなんとか。


   ・・・・・

 

 「麻季ー、いるー?」


 もう寝る時間で自分の部屋なんだろうから、そりゃあいるに決まってる、と部屋の主は思ったかというと全くそんなことはなく、体をムクリと起こして不機嫌な顔で、こう言った。


 「…寝込みを襲わない、って約束しましたよね、お嬢さま」

 「別に襲ってないじゃない。ちゃんと声かけたし」

 「そういうことと違います。つか襲ったのと違うって何がしたいんすか、ったく…」


 ちなみに十二時を回った頃である。普段なら二人とも寝てる…少なくとも試験前でもない限りは篠も寝てる時間だ。麻季も朝は早いから、当然眠っているはずなのだろうが。


 「んー、ちょっと興味があったから、かなあ」

 「興味て。何の興味ですか。あたしの寝顔ならこないだ拝ませてあげたじゃねーですか」

 「ほら、前に言ってたじゃない」

 「………」


 なんだかイヤな予感がして、麻季は黙り込む。

 すると、そこの辺の機微とかを一切察しない顔で、お嬢さまは言った。


 「わたしの顔を思い浮かべてひとりでベッドでしてるー、とかって。あれ、一体何やってるのかなー、って思ったから。何をやってるの?」


 さてこれが素なのかカマトトぶってるのか、それとも全て承知した上で自分をからかっているのか。

 そこら辺、雇用主の顔から窺い知るほどの余裕は無く、とりあえず麻季は誤魔化すことにした。


 「…単なる言葉の綾っすよ。別に変なことはしてません。つか、お嬢さま。こんな夜中に忍び込んでくるとか、覚悟して来てるんでしょーね?」

 「覚悟?」

 「…こないだの続きをするつもりがおありですか?と聞いてます。どーなんです?」

 「………」


 暗がりでも篠の顔が真っ赤になったのは分かった。

 いやまあ、まさかそーいう流れにのっかってそーいうことになるとは思えないが、あまり追い詰めるのもよくない。お嬢さまが引くに引けなくなって困るのはこっちの方だ。


 「…冗談ですよ。お嬢さま、早く寝ないと明日に差し支えますよ?すぐに寝たら朝食のシリアルには牛乳ではなくココナッツミルクを用意して差し上げます」

 「え、ほんと?あれ好きだから言うこときくわね!じゃあおやすみ、麻季」

 「はい、おやすみなさい。お嬢さま」


 にっこり笑んで、主従は分かれた。まこと麗しい姿だった。


 しかし、扉が閉まり、篠の姿が見えなくなってからきっかり十秒後。

 バタリ、と布団の上に倒れた麻季の顔には、滝のよーな汗が流れてた。


 (あっっっぶねぇぇぇ!…おっぱじめる前で助かったぁぁぁ……)


 そして、布団の中に隠して篠には見せなかった下半身の、ひざまで下げたパジャマのズボンをもとの位置に戻したのだった。

 オカンに夜襲された男子中学生か、とか言ってはいけない。

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