第12話・メイドの休日(完結編)
仁麻のワンマンショーじみた昼食会を終え、台風のごとき従姉妹から解放されて再び町田の駅。
「あークソ、無駄な一日だった…」
「ちょっと麻季?いくら休日だからってわたしの前で汚い言葉づかいしないでちょうだい」
「これくらいで汚い言葉とかどんだけ育ちがいーんですか、おじょーさま…」
「育ちは関係ないわよ。あまりひとに聞かせられる物言いではないでしょう?しかも年上の身内を悪く言うものじゃないわ。いいひとだったじゃない、仁麻さん」
「ヨソの家庭の事情に口を挟むのもマナーにかなった言動とは言い難いと思いますケド」
「別に事情に口なんか挟んでないでしょ。礼儀の問題よ、礼儀の」
「へいへい、どーせあたしは育ちが悪いですよ。礼儀なんか実家に投げ捨ててきたのでそろそろ腐ってるんじゃねーですかね」
「そんな言い方しなくたっていーじゃない、ばか」
行き交う人波の流れにも乗らず、篠と麻季は生産性の欠片も無い言い合いをしているのだったが、万千はむしろにやにやしながらそのやり取りを眺めてる。
なにせ、麻季は台詞ほどにはウンザリした様子も無く、むしろお嬢さまとの遠慮の無いやりとりを楽しんでいる風にも見えるし、篠の方にしても口うるさい主というよりはなんだか背伸びしてる妹のようでもある。
そして万千のにやにやポイントは、そのどちらも自分がそーいう風に見られる様子である自覚がない、という点に尽きる。
とはいえ、どちらも意地を張って次第にヒートアップしていくのを放置して人目を集めるのも上手い話ではない。二人の肩がいかり始めてきた頃を見計らって、万千は口を挟んだ。
「でー、麻季っちー?」
「ま、まきっち?!…あの、あたしのことッスか…?」
「他に誰がいるんよー」
パーツの造形は日本人そのものの顔なのに金髪。ご丁寧に眉毛までその色に合わせ、羽織ったのが龍の刺繍入りのスカジャン…となれば傍から見ればどー取り繕ったところでヤンキーだろう。
そんな麻季に「麻季っち」とか呼びかける万千の怖いもの知らずも結構なのだけれど。
「さんざん話し込んだ後でこんなこと言うのもなんだけどさー」
「はあ」
「…結局麻季っちって何しにきたわけ?」
「何と言われましてもねー…」
仁麻は麻季の東京での後見人…麻季的には監視役…だったから、呼びだされれば顔を見せなくてはならない。そしてどーいう経緯でそんな立場にあるのかと問われて説明するのも、面倒だ。
だから。
「…大人の女にゃ、問われて目を逸らすことしかできねーコトってのも、あるんスよ…」
そー言ってゴマかすことで、適度に野次馬心を満たさせつつ後ろめたさを刺激してこれ以上あーだこーだと問わせない、高度な手練手管を繰る麻季なのだった。
「ふんふん。で、その目を逸らすしかないはずかしー過去というものを是非ひとつ。主の友人の頼みなんだからとーぜん、教えてはもらえるんしょ?」
…問題は、腹芸の通じない相手には一切効果が無い、という点で。
「そうね。それはわたしも聞きたいわ。麻季、ちょっとお腹へらしにさっきのスタバに行きましょ。じっくり話を聞かせてもらいたいわね。特にあの従姉妹さんとの関係とか」
「あのお嬢さまー。腹減らしなら二駅ほど歩いた方がいーんじゃ…」
「細かいこと気にしないの。あと麻季が大人の女とか言ってもいまいち説得力ないからさっきの話逸らすのは無しで。加えてこれは主の命だから逆らうのも無しで」
「あのお嬢さまー。重ねて申し上げますが、今日はあたしオフなんスけど」
「休日出勤として計上してあげるから」
「そーいう意味じゃねーんですってば!お嬢さまに話すようなことなんんか何もねー、ってことッスよ!」
むしろ金を払ってでもここから一人で帰りたい、と思いながら、麻季は二人を置いて一人で歩き始める。
「あ、こら待ちなさい!主をほっといて帰るなんてメイドの風上にも置けないわっ!」
「今日はオフだっつってんでしょーが、分からないおじょーさまですねまったくっ!」
メイドだのお嬢さまだのといった単語が耳に入ったのか、すれ違った通行人のうち何人かが振り向いて、言い争うそんな二人を見送っていた。
万千もそんなエキストラの一人のように、先ほどまでと異なり割にマジメな顔で麻季と篠の背中を見ていたのだったが。
「…しのしのも気がついてんのかなー。あのちびっ子の二十四歳さん、けっこー重要なこと言ってたんだけどなー」
冗談に紛れさせてたのだからもしかして、と思うのだけれど、さてそうと気付くにしてもきっとしばらく後のこと。
そう考え直して、ならもう少しの時間メイド弄りに参加しよーか、と万千も小走りに先頭を行く麻季を追いかけていくのだった。
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