第10話・メイドの休日(接触編)

 「おじょーさまー、次の日曜お休みいただいてもいーですか?」


 実際の雇用契約は労務管理事務所に丸投げしてるとはいえ、篠でも有給休暇とか残業は週何時間までとか、雇用側が守らないといけないことが多いことは、知っている。

 だからそーいう麻季の申し出には嫌も応も無く「はぁい」と応じたのであったが、結局のところ、麻季がわざわざ休みを宣言して何をするのかに興味があったから、というのが実際だったりするわけで。


 「…だからといって尾行するってのはやり過ぎだと思うんだけどね、しのしの」

 「うるさいわね。お昼奢る約束なんだから黙ってついてきなさい」


 田園都市線を中央林間方面へ。長津田で乗り換える時に危うく見失うところだったが、それでもJRに乗り換えて町田に着くまではなんとかついていけた。

 がしかし、町田である。日曜の人混みの中、向こうから見つからずに且つ離されないように尾行するのは素人にとっては至難の業で、篠も万千も無駄口ひとつ叩かずに麻季の背中を追いかけることに、必死だった…いや、必死だったのは一方で、もう一方はどーやって自然にはぐれて昼飯の奢りだけをゲットできるか、しか考えていなかったわけだが。


 「…あのさー、しのしの。これでメイドさん、デートとかだったら、どするの?」

 「…あの麻季がそんなわけないじゃない。男っ気ぜんっぜんないのよ?」


 いやそうは言っても、と万千は肩から上しか見えない麻季の後ろ姿に視線を向ける。

 帽子を被ったりパーカーのフードを被ってるわけでもないから、明るい色合いの金髪はよく見える。染めたものらしい、とは聞いていたが、よっぽどこまめに手入れしないとあの色は維持出来ないんじゃなかろーか、とも思う。そこんとこを篠に言ったら「そういうものなの?」とキョトンとしていた。話しても無駄な人種とゆーのはいるものだなー、と万千に諦観を植え付けただけの出来事だったと言える。

 それはともかくとして。




 「…んー、気のせい、か?」


 首筋にちりちりしたものを覚えて、麻季は立ち止まる。

 町田の駅前、日曜の人混みの中なのだからそれくらいのことがあってもおかしくは、ないのだろうが、なんだかどこからか見られているよーな、それも割と切羽詰まった雰囲気の視線とかを感じていた。とはいうものの、別に自分そーいう類の特殊な能力があるッ!!…とかは全く考えない麻季である。

 メイド喫茶の店員として、アニメやら漫画やらは目を通してはいたし、麻季もそれらは仕事と関係無しに触れる機会も多かったが、流石に現実とごっちゃにするほど幼くはない。そーいうことにしてある。


 「はぁい☆麻季ちゅわぁん」


 どちらかといえばそーいう妄想癖は、待ち合わせの時間に十七分三十三秒遅れてやってきた従姉妹の方に、顕著にあると思う。


 「…呼びだしといて自分は遅れてくるとかどういう神経してんスか。ったく相変わらずッスねアンタは」

 「そうはいってもぉ、これでも日曜の通信講義を半分に短縮して駆けつけたんだから、文句は言わないっ…びしっ!」

 「……いー歳して効果音つきで他人を指さすとか、どーなんすか。で、呼びだした目的とかは?」

 「えーと、かわいいかわいい従姉妹と一緒に、ランチとかどーかなー、と」

 「帰る」

 「あーうそうそ。かわいい従姉妹ジョークじゃなぁい♪」

 「………クッソウゼェ」


 振り返ったところを背中から抱きとめられ、振り解こうにも巧みに重心やら関節やらを抑えられて体を意のままに動かせない。

 柔術だか合気道だか知らないが、こいつにそーいう余計なものを教えたバカを探し出して怒鳴りつけたい気分の麻季だった。


 「いやそれ私たちのおじーちゃんじゃないの」

 「…そうでした。で、ホントにそれしか用事ないなら帰りますよ。最近自分の部屋の片付けも出来てねーんで」

 「相変わらずヤンキー装ってるわりにはマメよねえ、麻季ちゃん。で、貧困に喘ぐ従姉妹に栄養つけてあげようと思ったんだから、もーちょい付き合いのいーとこ見せなさいよぅ」

 「巨大なお世話です。つか、給料それなりにいーし食事はお嬢さまと同じもの食わせてもらってるんで不自由してません。そーいうわけなんで、じゃ」


 しゅたっ、と片手を掲げて立ち去ろうとする麻季。

 今度は怪しげな体術で絡め取られることもなかったが、代わりに相手はすぐそばの植え込みの影に腕を伸ばし。


 「別にいーけど、帰っちゃったらこっちの二人に麻季ちゃんのコト山盛り話しちゃうよん☆」


 …篠と万千の二人の襟首を引っ掴んで、麻季に突き付けたのだった。

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