King Arthur 私のお城
空花 星潔-そらはな せいけつ-
キッチンに鍋と火と厨二心があるなら……。
アカウント名道裏星花ーどううらせいかー。アカウントID「@soutomesizuku」。紹介文「道裏 星花(どううら せいか)、JKです! 真実の夢物語ってグループで歌い手をしてします! 自己紹介で飲み物の話をする人です。チャイ作りが趣味って言いながら1ヶ月くらい作ってないので詐欺です。そして飲み物のネタがもう無い……。」
King Arthurのギルド、可愛くてかっこいいお城の中に、豪華なキッチンがある。
初めはお菓子の棚程度だったけど、誰からともなく内装やシステムが追加されて今の姿になったらしい。
と言っても、あまり必要がないので使っている人は少ない。
使っているのは私くらい、キッチンは私のお城とも言えるかもしれない。
中くらいの鍋に1cm程度の水を入れて、細かく刻んだしょうがをたっぷり入れる。
キッチンの台に用意してあるのはたっぷりの砂糖とカルダモン、ガラムマサラ、シナモン、黒胡椒、ナツメグ、牛乳、アールグレイの紅茶葉。
全て書いて出したもの、材料を出すくらいなら完成品を出せと言われそうだが、作っている時間が楽しいから、材料から作っている。
今日は甘めの気分、多めに作ってギルドに居る人にも飲んでもらうつもりだ。
垂れてきた髪を耳にかけて、コンロのスイッチに手をかける。
「ジャック、ひーほぉー! なんて……えへへ。」
King Arthurの『円卓の騎士』が1人、無頼チャイさんの能力を真似しながら、コンロのスイッチを押す。
現実のガスコンロはカチカチしないと火がつかないこともあるが、ここのキッチンは1発で火がついてくれる。
キッチンにはめったに人が来ないし、コンロの火は1発でつくので私はよく小説やアニメのキャラの真似をしながら火をつけている。
人に見られるのはちょっと恥ずかしいけど。
「計量カップ……あっ……。」
計量カップを用意していなかった事に気付いて振り返った私は、後ろにチャイさんが立っていた事に気づいてしまった。
高い声が謎の叫びをあげる。
顔を手でおおった時にその声の主が私だという事に気付いた。
「い、いつから居たんですか……?」
「盗み見るつもりはなかったのですが……。」
申し訳なさそうな顔をするチャイさんに、見られていたことを確信した私の顔に熱が集まる。
表情作成ソフトって顔の赤さまで再現するんだっけ。するなら私の顔は真っ赤っかになっていると思う。
完全に硬直してしまった私に気を使っているのかなんなのか、チャイさんも動かなくて、ただただ沈黙が続く。
「沸騰してますよ。」
「ひゃぃっっ!」
情けない声を出して、鍋の火を止める。
震える手で茶葉を鍋に投入して、蓋をして蒸らす。
「何を作っていらっしゃるんですか?」
「へっあっ! チャイっです、その、甘いやつです……。」
チャイさんの真似をしながらチャイを作っているところをチャイさんに見られた……。落ち着いていた羞恥心がまたじわじわと湧き続けてキョドってしまう。
「そうですか、完成したらいただいても?」
「は、はい! ぜひっ!」
こうなったらやけだ、と勢いをつけて喋る。
恥ずかしさで泣きそうだった。
☆❁☆❁︎☆❁︎☆❁︎
ㅤKing Arthur内で起きたエディター騒動が終わり、城を出た。
人が随分と少なくなった。
それだけたくさんの人が犠牲になったんだ。
残った全員で、黙祷を捧げる。
困っている所を助けてくれたギルドの人達へ。
チャイを美味しいって飲んでくれた人へ。
小説の相談に乗ってくれた人へ。
もし、私の小説がもっと上手で、もっと先に進んでて、もっと使い勝手のいい能力だったら、もし、私の能力が戦闘向きだったら、なにか違っていたのかな。
じわじわと悔しさが込み上げてきた。
だけど、だけど今回、私の能力で解決できた事は少ないけど、ある。
私だから出来たこともあるし、それで役に立てた部分もある。
多分、誇るべきことだ。
どうしたら良かったのかな、多分どうしようもなかったんだろうな、広い草原で一休みしながら思う。
物書きボーイとか、物書き君って呼ばれている人に助けてもらってばっかりだったし、 なんで代償なんて付けちゃったんだろうなぁって、ウンザリした。
だけど、誇りがあるからアヅキの見た目を模して赤毛にしたんだし、私の能力で……。
ループする思考から抜けるために、お城を見た。
またあのキッチンでチャイを作りたい。
恥ずかしかったけど、あの日作ったチャイはすごく美味しくて、好評だった。
そういえばあれが最後に作ったチャイだったっけ。
アカウントのプロフィール更新する前に作りに行けばよかったな……。
「見て……」
誰かが言った。
多分、その人が言わなかったら私が言っていた。
お城が、消えていった。
涙で霞んで、お城の最期をしっかり見届けることは出来なかった。
「さみしい。」
ただ一言、出てきた言葉が私の思いの全てだった。
☆❁☆❁︎☆❁︎☆❁︎
ノラのギルドの改造中、私は頼んでキッチンを作らせてもらう事にした。
みんな勝手に作ってるから好きにしていいよと言われ、記憶からひねり出してKing Arthurにあったキッチンを再現した。
だけど何人もの人が自分の理想を詰めて作っていたキッチンだ、私1人がちょっと書いた程度で完成させられるものではない。
きっと作った人全員で集まったって再現は無理だろう。
そもそももう集まることはできない。
今回犠牲になった人も居るし、退会した人も居る。
もうあのキッチンは使えないのだ。
寂しさを感じながら、大きな鍋に水としょうがを入れる。
ノラの人にこれからお世話になりますの意味を込めてチャイを作ろう。
材料はいちいち描写するのが面倒だったから空間の中にしまってある。
中でぐちゃぐちゃになっていないか心配だったけど、無事だった。
コンロのスイッチに手をかける。
そうだ、と思い立って、菜箸をペンに見立てて空中に文字を書く。
『鍋の底に触れるか触れないかの強さの火がコンロについて、鍋を温める。』
それをファイルを投げるみたいにして、スイッチを押す。
「何してるんですか?」
火がつく時の軽い音と共に 、昨日ですっかり聞きなれた男の子の声がする。
今度は甲高い悲鳴が自分の声だとすぐに分かった。
「いつから見てたんですか!?」
「えっと……菜箸を振り回してたくらいから……。」
見ちゃだめでしたか? と男の子……物書きボーイくん。
多分真似をしていたことには気付かれてない。
「良いんですよ……あっ、チャイ、好きですか?」
「えっはい。好きです。」
「じゃあ、今作ってるので、ぜひ飲んでください……!」
アカウント名道裏星花ーどううらせいかー。アカウントID「@soutomesizuku」。紹介文「道裏 星花(どううら せいか)、JKです! 真実の夢物語ってグループで歌い手をしてします! 自己紹介で飲み物の話をする人です。最近久しぶりにチャイを作りました。もう二度とモノマネしながら火をつけたりしません。」。
King Arthur 私のお城 空花 星潔-そらはな せいけつ- @soutomesizuku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます