第16話 アンノウン・レジェンド
一九九二年、九月。
必要な物だけ、全てバッグに詰め込んだ。
マゼンダのレザースーツを着、髪を束ね、ブーツを履く。
ひび割れた丸太の椅子に腰掛け、ジッポーで最後の煙草に火を着ける。
出発前、これからしばらく世話になるハーレー・ダビッドソン〝BOSS HOSS〟。
その勇猛なライン、畝るファイヤーパターンを静かに見つめる。
これから彼女は旅に出る。
これから彼女は夢を叶えに行く。
煙草を揉み消し、アッシュケースごと捨てた。
晴れ渡った空を見上げ、彼女は立ち上がった。
頑強なシートに跨り、キーを回す。
地に重く轟く、ハーレーの嘶き。
メタリックな巨馬の猛々しい咆吼。
「素敵よ。あなたの鼓動」
サラはそう微笑んでサングラスをかけ、ハンドルを握った。
フリーホイールの地からシュガーマウンテンまで。
それは知る人ぞ知る、伝説の物語――。
****
フリーホイールから三百キロ、そこはセントセフトスの広大な荒野。
東へ延びるハイウェイ71の路肩、トゥイーディーとトゥイーダム〝ディーとダム兄弟〟は、シボレーコルベット改の車内でシートを倒しマリファナを吸っていた。
虚ろな目でディーはふらりと灼熱の外へ出た。
「……しょんべん」
炎天下の公道へファスナーを下ろしドバッと放たれたその時、陽炎揺らめく遥か向こうの地平線、西から爆音が轟いた。
あっという間に〝一台〟が、彼らコルベットの横を走り去って行った。
舞い上がる砂埃、突風、噴煙に包まれたディーは胸まで黒くしょんべんまみれになった。
運転席のダムがそれを見てゲラゲラ笑ってる。
ワナワナと、ディーは助手席へ戻りダムの胸ぐらを掴んだ。
「笑ってねぇでサッサと出せバカヤロウ!」
「スマンスマン! あまりに一瞬だったもんだから」
「あ〜んのヤロウ、ブッ殺してやる!」
動体視力だけは定評のあるダムが言う。
「あのバカデケぇハーレーに乗ってたの、女だったぜ!」
「何ぃ?」
「ブロンドの髪をなびかせて……間違いねえ!」
「ダム、早く出せ!」
ダムはアクセルを全開、そのハーレーの後を追いかけた。
隣りの隣りの街まで追いかけてったがどうやら見失った。
二人は同時に舌打ちをして最寄りのサービスエリアに向かう。
すると……そこにいた。
エリアマップ掲示板の前に、異様にデカい一台のハーレー。
そしてその横にブロンドでツナギ姿の女が一人、ベンチに座ってミネラルウォーターを飲んでいる。
「ほらディー! あいつに違いねえ」
なんかポゥッと見惚れてるダムをド突き、ディーがかすれ声で言った。
「ショットガンはどこだ?」
……ズカズカと女に勇み近づいていくディー。
「やい、てめえ! さっきはよくもやってくれたな!」
彼女――サラはシラけた目で二人を見た。
「そのハーレーは俺らが頂く。命乞いするんなら……」
ダムがカン高く吠えた。
「ヒャッハー! こぉ〜れがBOSS HOSSかあ! 初めて見た! おいディー、V8だぜ V8、すんげえ!」
「バカヤロウ、うかれんな! おい、女! てめえ」
「ねぇちょっと……あんたら頭おかしいでしょ」
「はあ?」
「天下の公道で正面向いて放尿なんて。そんなお粗末なモノ、見せられる身にもなってよね」
完全にブチ切れたディーは、でも実は模造のショットガンを大きく振りかざした。
「撃ち殺す前にブン殴ってやる!」
そして次の瞬間振り下ろされたショットガンは、サラが掴んで振り回したベンチによって遥か彼方へ飛ばされた。
サラはベンチを投げつける。ブチ当てられたディーは殴りかかるが躱され、ふわりと綺麗に背負い投げられた。
次はダガーナイフで切りかかるダム。
サラのハイキックがナイフを宙に舞い上げる。
それをキャッチしたサラがよろめくダムの背面を獲った。
「ナイフはこう使うの!」
そう言ってコルベット改のタイヤに放った。
ロビンフッドが放った矢のようにナイフは突き刺さり、前輪はプシューッと音を立てた。
ダムはわあわあ泣き喚いた。
「あ、あんた、なんて女だ……誰に習った?!」
「〝夕陽のヤングガン〟のチャべスよ」
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