サラ SARA unknown legend

宝輪 鳳空

first season

第1話 サラ

 砂漠を走るハイウェイのどこか

 ハーレーに跨って疾走する彼女

 金色の長い髪を風に踊らせ

 これまでの人生の半分を走り続けてきた

 彼女の愛馬は

 黒光りするクロームと頑丈な鉄のボディ

 あの娘の発散するやさしい雰囲気と

 およそ似つかわしくないのさ


 ――〝UNKNOWN LEGEND〟 ニール・ヤング


 ****


 〜第1章〜 first season



 一九七〇年、ブリウス・プディングは刑期を終え出所した。

 翌年クリシアと結婚し幸せな家庭を築いた。

 長距離トラックに乗り真面目に働いた。

 前科者として時に白い目で見られることもあったが、会社では熱心な働きぶりが認められ、気にすることはなかった。


 フリーホイールの土地に家を借り、週末にはクリシア手作りのアップルパイを食べた。

 二人はいつも仲良く話をし、愛し合った。

 そして一九七二年、子供が生まれた。


 女の子で名前は〝サラ〟。

 その名は友人R.J.ソローの曲〝SARA〟の主人公サラから。

 凛と拳を握って立つ、夢を諦めない女性――そんな願いを込めて、名付けた。


 サラは母乳をよく飲み、元気に育った。

 よく食べよく眠り、よく遊び過ぎてよく怪我もした。


 ****


「サラぁ、何てことするんだ!」

 三歳のサラ。飼い猫トムの首輪に毛糸の手綱をつけ、その上に乗っかって遊んでいる。

 見つけたブリウスが叱る。

「かわいそうじゃないか」

「ンマさん……ンマさん」

「え? ……ンマ……馬?」

 そこでクリシアが言う。

「だめよサラ。……あーそれ〝夕陽のヤングガン〟の真似よ。テレビであった西部劇をサラ夢中で見てたもの」


 ****


 朝、トラックに乗り込むブリウス。

 クリシアと五歳のサラが手をつないで見送る。

「忘れ物、ない?」

「ああ。帰りは明後日の朝になるかもしれない。電話するよ」

 サラが物憂げな顔でブリウスを見つめる。

「……ん? サラ、どうした?」

「……サラもいきたいなぁ」

 小さな青い瞳をくりくりさせて。

「ええ? パパはお仕事に行くんだぞ。わかるだろう? サラはママといるんだ。おとなしく、いい子にしてなきゃ」

「いきたいなあ……」

「だめって」

 ぷぃと口を尖らせたサラは家の中へ駆け込んだ。


 ブリウスとクリシアが顔を見合わせ息をつくとサラがまた走って飛び出してきた。

 背中にはリュック。ヌイグルミを抱いて。

「サラもいく。パパみたいにながたびするの」

「だから仕事だって! お・し・ご・と」

「サラ、そんなワガママ言っちゃダメよ。ママがこれからお買い物に連れて行くから、……ね?」

「イヤ! サラはぁ! パパのー、おおっきなトラックのほうがあ、すー きー なー の!」


 ****


 ついついやめられないのがオヤツと水遊び。

 洗濯物を干しながらクリシアがお願い事をした。

「サラ、この鉢とあっちの植木にお水をあげて」

 金色に光るツインテールのサラがニッと笑って蛇口をひねる。

 ホースの先から勢いよく水が飛び出した。

「ジョウロ使うのよ。あんまり出しちゃだめ。少しずつねー」

「はーーい!」

 ……ママが向こうに行った。

 サラの目の端にはテラスの椅子の上で気持ち良さそうに日向ぼっこをしているお友達、猫のトムがいる。


 ホースの水がぴぴぴとトムに向かって飛んでゆく。

「ニャッ?」

「ひひ……きみはみたことあるかい〜 はれてるのに〜ふってくるあめを〜……トム〜、あそぼ!」


 ……次の洗濯籠を抱えてやって来たクリシアは、その裏庭の変わり様に開いた口が塞がらなかった。

 せっかく干した服やタオルはずぶ濡れ、跳ね上がった泥でシーツも汚れ……。そこには逃げ惑うトムと笑ってごまかすサラがいた。


「もう、サラったら!」

「へへへ…… ごめんなさーい」

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