16 秘密とカフェオレ

「あんた、ちゃんと大学行ってんの?」


 スマートフォンを投げてナギは訊いた。


「学内で全く見ないんだけど、ねえ」


 ことん、とヒダリは首を傾げる。


「流れ星を見たことがない」


「はい……?」


 いきなり展開されるヒダリ・ワールド。

 ナギはもちろん、絶句。


「もし仮に、ぼくが流れ星を見たことがなかったとしてもね。この世に流れ星がないなんて証明にならないでしょ」


 言っている意味はわからないが、何か物を申したいことだけはわかる。


「あんた、流れ星なの?」


「そうだよ」


 ヒダリは読んでいる文庫本『星の王子様』を閉じずに頷いた。

 ナギは閉口しかけたが、頭を全力で回転させ、言葉を吐き出した。


「な、流れ星も大学に行くのね」


「多様性の時代だからね」


「ちなみに、学部は」


「秘密」


「天文学部じゃあないの」


「夜空が嫌いな星だっているさ」


 かわされている、とナギは感じた。

 ここで追及するほど、ナギは他人に興味はない。

 かといって知らないままではなんかモヤモヤする——ナギによってよくあるジレンマだ。


 なので、『流れ星も人である』ことを利用することにした。


「今度、大学で会わない?」


「え?」


「ヒダリ、可愛いしィ。あたしの友達に自慢したいなァ〜」


 思ってもいない言葉がすらすらと出てきた。

 もちろん、ヒダリを可愛いとは思っている。

 しかし後半は真っ赤な嘘である。

 こんな頭のネジが外れた人間を自慢したくはない。

 真実と嘘を3:7で混ぜたカフェオレ理論だった。


 さて、流れ星はカフェオレを好むだろうか?


「いいよ」


 好んだ。

 ヒダリは嬉しそうにほほえんでいる。


「いいの?」


「もちろん。ぼく、甘いものが好きなんだ」


「あんた、あたしの心が読めるの?」


「なんのこと?」


 カフェオレ理論を読まれたのか、ナギの狙いを読まれたのか——どちらにせよ、ヒダリの秘密を解き明かす機会になるはずだ。できれば、彼女の知り合いに接近し、その人の振る舞いを見てみたい。敵を知るには、まず敵の味方から、である。


「ナギはいつ授業があるの」


「ほぼ毎日だけど、明後日の昼とか」


「わかった。じゃあ、その時に会おうよ」


 ヒダリは文庫本を閉じ、うんと伸びをした。

 ナギは会話をしただけなのに、異様に疲れていた。


(いやいや、あたし、こいつに興味持ちすぎだろ……)


 相変わらず、人との距離感に困るナギである。


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