文化祭⑤
「で、ですから、コイツは従姉妹でして。決して俺のカノジョではないんですよ。今はちょっと、彼氏の役をやっていたといいますか‥‥‥」
現在、場所を少し移動して、人気のない階段の踊り場にて。俺は桜宮先生のお父さんに向かって必死に弁解をしていた。
桜宮先生のお父さんは、写真を通して一方的に俺のことを認知している。その事は頭の片隅に置いてあったが、文化祭に来ているとは想定外だった。迂闊だ。
「ふむ」
桜宮先生のお父さん‥‥‥
楓は、困惑に目の色を変えると、躊躇い気味に俺の服の袖を引っ張ってきた。
「え、えーっと、みーくん。あたし、事態の把握が追いついてないんだけど」
楓は、俺と桜宮先生の関係を知らない。頭の整理をしようにも、パーツが足りないはずだ。
俺は楓にだけ聞こえるように、小声でお願いする。
「取り敢えず、俺と恋愛沙汰にないことを証言してくれ。詳しいことは後で説明するから」
楓は少し不機嫌な面を浮かべると、宗二さんに目を合わせた。
「‥‥‥桜宮先生のお父さんがなんで、みーくんの恋愛事情に口出しているんですか?」
‥‥‥っ。
まぁ、事情を知らない楓の興味がそこに向かうのは、仕方のないこと。むしろ当たり前だが、今は控えてほしかった。
俺が左右に目を泳がす中、宗二さんが優しく微笑を湛えると。
「ああ、キミは知らないか。湊人くんはね、私の娘、桜宮由美の婚約者なのだよ」
「は?」
「婚約者。要するに結婚を約束した相手ということだ」
「いや意味が分からないという事ではなく」
「しかし、困ったな。娘の婚約者に他にカノジョが居たとは、どうするべきか」
楓は、しばらく呆然と瞬きもせずに立ち尽くすと、突然、俺の方に身体を向け胸ぐらを掴んできた。
「ねえみーくん、どういう事⁉︎ 婚約者なんて聞いてないけど⁉︎ みーくん、あの先生と結婚するの⁉︎ 冗談でしょう⁉︎」
ユサユサと前後に身体を揺らされる。
俺はどうにか楓の肩を掴み、暴走を止めにかかった。
「お、落ち着け。落ち着けって!」
「こんなの落ち着けるわけない⁉︎ みーくんまだ高校生だよ⁉︎ 結婚ってそんな」
楓は血相を変えて、俺の胸ぐらを掴む手を強める。
ただちに弁解して理解を得たいところだが、それはできない。何故なら、今それを話せば、宗二さんにも聞かれてしまう。
そうなれば、これまで婚約者設定を貫いてきた意味がなくなる。
俺は三半規管を刺激されながら、苦肉の策に出ることにした。
「‥‥‥そう、そうだよ。結婚するんだ。十八歳になったら。それはもう決定事項なの。今更、楓がどうこう言っても変わらないから」
「う、嘘‥‥‥嘘だそんなの! う、うぐっ‥‥‥みーくんのバカ! アホ! 変態! 三十路! もう知らない‼︎」
楓は大粒の涙を目尻に溜め込むと、俺に暴言を浴びせて、逃げるようにこの場を後にしていく。三十路は関係ないだろ。
後を追おうにも、宗二さんの目があるところでそれはできない。‥‥‥楓には家に帰ったら、ちゃんと弁解しよう。
「すまないね。私のせいでカノジョとの仲に亀裂を入れてしまったようで」
「だ、大丈夫ですから。さっきも言いましたけど、楓はただの従姉妹です。カノジョじゃありません」
「その話、信じられるとでも?」
「‥‥‥し、信じてもらうしか」
まぁ、俺が宗二さんの立場なら間違いなく信じないだろうな。しかし、どうにかして信頼を勝ち取らないといけない。
俺は思考をフルで回転させる。‥‥‥が、何一つとして解決策が思いつかない。
全身にぐっしょりと汗を掻き、絶体絶命のピンチを迎えていた時だった。
『十五時より、
天啓が降りてきたと錯覚するタイミングでの、校内アナウンスだった。
「あ、そうだ。知ってますか。桜み──由美さん、今放送でやってたミスコンに出るんですよ? 今から見に行きませんか?」
「そうなのか。それは構わないが、話はまだ終わってないぞ」
そう、話は終わっていない。
だが、ここはどうにかしてミスコン会場へと向かうべきだ。だって、そこには桜宮先生がいる。
桜宮先生と宗二さんを鉢合わせ、この状況を打破してもらう。それしかもう解決策がわからない。
幸いにも、桜宮先生は楓が俺の従姉妹であることを知っているし、俺が楓のカノジョ役をやることになった経緯も知っている。
桜宮先生から上手いこと弁解してくれれば、この窮地を乗り越えられる──はずだ。
「ひとまず行きましょう。話はその後でもできます」
「ふむ。そうだな。では行こうか湊人くん」
それにしても宗二さんの圧がすごい。
微笑を湛えてはいるが、腹の底では俺のことを嫌悪しているような、そんな雰囲気がある。
俺は身体に緊張を走らせながら、体育館へと踵を返した。
〜〜〜
うわ、男子率高え‥‥‥。
八割近くが男で埋め尽くされた体育館。人混みのせいで、思った以上に到着に時間がかかってしまった。
すでにミスコンは始まっており、出場者が出るたびに、歓声の声をあがっている。
「さーて、続いての方はこちら!」
中でも一際テンションの高い女子が、壇上に立って司会進行を務めている。
ドラムロールに合わせて、カーテンが開かれるとそこからポニーテールの女子生徒が登場する。
白のワンピースを着た、肌の露出がやや多めの服装だ。
言ってなかったが、このミスコンではルックスと私服、特技の三つで審査が行われる。
審査は、有志によるもので行われ、最終的な得点は上位三名のみに開示。格付けを行う以上、下位の人への配慮がある仕組みだ。いや、ミスコンなんてそもそもやるなよって話ではあるのだが。
壇上に立つ女子は、照れくさそうにハニかむと、マイクを使って自己紹介をする。
「二年Bクラス、
男子が一斉に「フーッ!」と声を上げる。
篠塚さん、こういうイベントに参加するタイプだったのか。基本的に明るい人だけれど、人から注目を集めるのは苦手って前に言ってた気がする。
ああ、まず誰だよ篠塚さんって話だよな。
覚えているかわからないが、今朝、俺と楓に声をかけてきた女子二人組がいるだろ? あの時の片方が、篠塚さんだ。
「由美はまだ出てない感じかな」
「そうですね。多分トリだと思いますよ」
「そうなのか。‥‥‥っ、な、なんだあれは凄いな」
「そうですね」
特技披露のコーナーに移り、篠塚さんは得意のマジックを披露する。
どこからともなく、薔薇の花束を取り出して、それを一瞬で消したり。ペッドボトルに入った水の色を透明から黒色に変えたりと、遠巻きから見てもアッと驚くようなマジックを次々行っている。
「ミスコンとは、美を競うものではなかったか?」
「普通はそうだと思います。でも、それだけで勝敗つけると色々文句が出てくるので、他の部分でも採点してる感じですね。どのみちミスコン開催自体に批判は出てるみたいですけど」
「ふむ。ではなぜ開催しているんだ?」
「さぁ。それは俺もよく分からないです」
「ありがとうございましたー‥‥‥さぁて次の人に参りましょう!」
マジックが終わり、篠塚さんが舞台袖にはけていく。
再びカーテンが閉まり、司会の人が進行を始める。今年はそこそこ参加者がいるのか、三十分ほど経っても桜宮先生の出番はやってこない。
「随分と参加者がいるようだね」
「ミスコンで上位入賞すると、賞品がもらえるんですよ。一位だと、遊園地のペアチケットがもらえて」
「なるほど、賞品目的というわけか」
他にも参加賞で、文化祭で使える金券が貰えたはずだ。そのため、女装した男子がネタで参加することもある。その証拠にほら、ちょうど今、厚化粧をした胃酸が逆流しそうな見た目の男子が、壇上に立っている。お陰で、笑いと悲鳴で耳が痛い。
と、女装男子が壇上からはけると、いよいよ最後の人の順番になる。
さて、ようやく桜宮先生の出番だ。
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