文化祭④

「で、どうしたらいいんだ。楓の彼氏っぽくすればいいのか?」


 桜宮先生と別れた後で、俺はこれからの方針を楓に確認していた。


「え、えっと、うん。今から、あたしはみーくんのこと彼氏だと思って扱うから、みーくんもあたしのことカノジョとして扱って」


「ん、わかった」


 了承すると、楓の頬に朱が差し込む。

 俺はピンと人差し指を立てると、一つ忠告した。


「けど、俺の腕に絡むのはナシな」


「なんで?」


「目立つからだよ。ちょっとは周囲の視線気にしろって」


「え、あ‥‥‥」


 周囲から視線を集めていることに、ようやく気が付いたらしい。楓は慌てふためきながら、俺の元から離れる。


 ようやく自由になった左腕の感覚に、ホッと安堵すると、今度は俺の方から楓の右手を握った。


「まぁだからこのくらいな。手を繋ぐくらいなら、そんな目立たないし」


「‥‥‥っ、わ、わかった」


「恥ずかしいならやめる?」


「や、やめない。このままでいい」


「じゃあこれからどうしよっか」


「それは、えっと、みーくんに任せる!」


「いや、こっちは付き合わされてる側なんだけど」


「今はあたしの彼氏でしょ。デートは彼氏の方がリードしてよ」


 男女平等にうるさい世の中で、実に偏った思想を楓は持っているようだ。別に彼氏がリードしなきゃいけない決まりはないと思うが。


 俺は額のあたりをポリポリ指で掻きながら、小さく吐息を漏らす。いや、待てよ。俺が行き先決められるのは、捉えようによっては好都合だ。


 俺は口の端を上げると。


「じゃ、図書室で本を──」


「却下」


 ‥‥‥。

 ちゃんと文化祭デートはしなきゃダメらしい。


 考えなしに引き受けたが、失敗だったかもしれないな。これ。


 俺がドッと肩の荷を重くしていると、ふと、前方からやってくる男性が目に入った。花村先生だ。


 普段ならわざわざ声を掛けたりしないが、これは実にグッドタイミングだった。


 楓の彼氏役を引き受けた恩恵が早速回ってきたらしい。


「楓。ちょっと今から楓のことをカノジョとして、紹介したい人がいるんだけどいいか?」


「えっ、紹介?」


「楓はそのまま俺のそばに居てくれるだけでいいからさ。とにかくいいかな?」


「まあいいけど‥‥‥」


 唐突な俺のお願いに、楓は呆気に取られる。

 だが、そんな彼女にお構いなしで手を引くと、俺は花村先生に声を掛けた。


「こんにちは花村先生」


「あぁ瀬川か。先に言っとくが押し売りなら勘弁だぞ」


「違いますよ。今、カノジョと一緒に文化祭デートしてるので、ちょっと花村先生に自慢しようかと」


「カノジョ‥‥‥瀬川、カノジョいたのか?」


「はい。どうですか。俺のカノジョ、結構可愛いでしょ?」


 俺がそう言って楓を紹介する。と、楓は一瞬で顔を赤らめ、うつむいていた。


 花村先生は俺と楓を交互に見やると、腰に手をやり嘆息する。


「あのなそう言うのは内輪でやれ。俺に自慢してどうするんだ」


 全く持ってその通りである。

 教師に向かって、カノジョとデートしていることを自慢したところでどうにもならない。


 だが、花村先生の場合は別だ。

 花村先生は少なからず、俺と桜宮先生の関係を疑っている。だからこそ、ここでカノジョがいるアピールは効果的だと思った。


 余計な疑惑は、早めに払拭しておくに限る。

 実際、俺にカノジョがいると判明して、花村先生は嬉しそうだった。興味ない素振りを見せてはいるが。


「それじゃ、見回り頑張ってください花村先生」


「あ、おお。ハメを外しすぎないようにな」


 目的も果たしたので、花村先生とは早々に別れる。


 楓は、終始疑問符を頭上に浮かべていたが、下手に話に入り込んでくることはなかった。


 さて、楓との文化祭デートを開始するとしよう。

 俺は肩の力を抜いて、これからどうするべきか考える。


 廊下の隅で楓と二人、立ち尽くしている時だった。


「‥‥‥ほう。カノジョとデートか」


 ふと、背後から声が掛けられる。


 その声の主は花村先生ではない。


 聞き馴染みのない渋い声に、不信感を抱く俺。声の先が明らかにこちらに向いていたので、そっと振り返る。


 と、そこに居たのは、初老近い男性だった。無精髭を蓄えているが、優しそうな顔をしている。


 どこかで見たような‥‥‥いや、親族以外に高齢の人の知り合いはいない。だがなんとなく、見知った雰囲気を持つ男性だった。


「え、えっと、俺たちに何か用ですか?」


 ジッと綺麗な黒い目で見つめられ、恐る恐る口を開く。


「おっと、すまないすまない。思ったことはすぐ口に出てしまう性格でな」


「はぁ‥‥‥えと、じゃあ失礼しますね」


 知らない人と関わるのは得意じゃない。

 小さく頭を縦に振って、俺は楓の手を引き足を進める。が、グイッと右肩を掴まれた。


「キミが瀬川湊人くん、でいいのかな?」


「え、そ、そうですけど‥‥‥どこで俺の名前を」


 いきなり俺の名前を呼ばれ、ビクッと心臓が嫌な跳ね方をする。見覚えのない初老男性。

 どうして俺の名前を知ってるのか、理解が及ばず身体に緊張が走る。


 と、身体を縮こめる俺に向かって、柔和な笑みを浮かべてきた。


「ああ、自己紹介がまだだったね。桜宮宗二さくらみやそうじだ」


「え、桜宮って」


「由美から話は聞いてるよ。湊人くん」


 え、ちょ、いや、‥‥‥嘘でしょ。


 俺の思考が一瞬でクリアになる。

 その一言で状況を理解した俺は、顔中に滝のように汗を浮かべた。


 なんで桜宮先生のお父さんがここに‥‥‥つかタイミングが最悪すぎないか⁉︎


 俺はぎこちなく笑みを作ると、そっと楓から手を離す。桜宮先生のお父さんに向き直った。


「え、えーっと」


「ひとまず、詳しく話聞かせてもらっていいかな。まさか、由美を差し置いて浮気してるわけじゃないんだろう?」


 あ、ああどうしよう。すっげえ怖い!

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