ラブラブイチャイチャデート①

「結論から言うと、花村先生を婚約者候補にってのは──」


「すみません。その話をする前に一ついいですか」


「ん?」


「俺たち生徒指導室乱用しすぎじゃないですかね。ここ、そんなに自由に使っていい場所なんですか」


 一週間が経った。


 その間、桜宮先生は花村先生と食事に出かけたらしいのだが、その結果報告に生徒指導室を使っている。


 この部屋、校則破ったり問題起こしたりする生徒を指導する部屋だよな。こんな自由に使っていいのだろうか。


「それはまぁ大丈夫じゃないかな。ウチの生徒、滅多に問題起こさないし。でさ、花村先生の件なんだけど」


「ああはい」


「多分、私の性格なんだと思うけど、食事中もずっと気を遣っちゃって今ひとつ楽しめなくてさ‥‥‥会話もずっと花村先生との温度差も感じるって言うか」


「気を遣う‥‥‥? 先生がですか?」


 つい、俺の脳内センサーに引っかかる。


 何言ってんだこの人‥‥‥。

 気を遣える人が、婚約者のフリなんて面倒な役を頼むのか? それに、だいぶ図々しく俺に頼み事してきてないか? 結婚の挨拶とか、デートとか。


「う‥‥‥まぁ瀬川くんには迷惑かけちゃってるから、説得力ないと思うけども、意外とそうなんだよ?」


「ほえー」


「全然信じてないでしょ!」


「真偽はともかく、それなら、時間と共に解決する気しますけどね。てか、最初は誰でも気を遣うものでしょう」


 友達だってそうだ。


 友達成り立ての頃は、お互いに空気を読み合い、ぎこちなかったりするが、時間と共に気の置けない距離感になってくる。


 初めから気を遣わない関係の方が珍しい。


「そうなんだけど‥‥‥。それにそれだけじゃなくて、一緒にご飯に行ってからやたらと花村先生の距離が近いというか。今日だって、一緒にお昼どうですかって誘ってきたし、なにかと私の周りウロウロしてるし‥‥‥。私の気のせいかもしれないけど、彼氏面してるって感じで」


「‥‥‥な、なんかすみません」


「いや、瀬川くんが謝ることじゃないって」


「でも、花村先生を勧めたのは俺ですし‥‥‥」


 花村先生、なんで食事に行ったくらいで調子に乗っちゃうかな‥‥‥。


 まぁ、好きな人と二人でご飯行って、浮き足立っちゃったんだとは思うが。


 桜宮先生は、グイグイ来られるのは苦手なタイプっぽいし。

 だとしたら、花村先生は合ってないかもな。


「せっかく瀬川くんにキッカケもらったのに、申し訳ないんだけど、花村先生とお付き合いするのはないかな」


 ‥‥‥ごめんなさい、花村先生。貴方の知らないところで、振られちゃいました。


 どのみち俺がお節介を焼こうが焼くまいが、結果は変わらなかった気がするが、しっかりと心の中で謝っておく。今度、それとなく口頭でも謝罪しよう。


「そうですか。まぁ、仕方ないですね。ちゃんと検討した上での結果なら文句はありません」


「そっか。‥‥‥あ、そうだ。もう一個、瀬川くんに言わなきゃいけないことあるんだけど」


「はい、なんですか?」


「この前言ったこと覚えてる‥‥‥?」


「デートの件ですか?」


「そうそう。あれなんだけどさ、今週の土日あたりにお願いできないかな」


「今週、ですか。もうちょっと先延ばしできないですか」


 可能な限り先延ばしにはしてほしい。

 少なくとも一ヶ月くらい、どうにか伸ばしてほしいところなのだが。


 桜宮先生は、苦い顔をすると俯き加減に告げる。


「ごめん、それちょっと難しいかも。私と瀬川くん、超ラブラブで暇さえあれば毎日イチャついてる設定になっちゃっててさ。これ以上引き伸ばすのは、設定が破綻しちゃうというか」


「は? なんですかその設定、聞いてないですけど」


 俺の知らない間に、厄介な設定が付け足されている。普通の彼氏彼女を演じるだけでもハードル高いってのに。超ラブラブて。


「お願い瀬川くん。全力で私とイチャつきながら、お母さんを騙せるくらいの演技力を遺憾なく発揮しつつ、休日にデートしてください!」


「なんでどんどんやる気削いでくんですか。絶対嫌ですよ。前に聞いた時よりも、面倒なことになってるじゃないですか!」


「い、いくら‥‥‥かな?」


「え?」


「いくらあげればやってくれる?」


「生徒を金で買おうとするな」


 ついタメ口になってしまう。


 いよいよ最終手段使ってきやがった。

 金を払い出したら、終わりだろう。色々と。


「で、でも‥‥‥じゃあどうすれば‥‥‥っ」


 涙目になりながら、もう打つ手がないと嘆く桜宮先生。まぁ協力するって、前回言っちゃってるしな。今更撤回するのも、漢が廃るか。


「ああ、もうやります。やりますよ。やればいいんでしょう。だから、泣かないでください」


「う、うぐっ‥‥‥あ、ありがとう瀬川くん」


「ただ、一つ約束してください」


「ん、なに?」


「やるなら、お互い本気で、、、やりましょう。中途半端にイチャついて、羞恥心に負けるなんて展開は真っ平ごめんですから。恥も外聞もかなぐり捨ててバカップル演じる。それでいいですか?」


「も、もちろんだよ!」


 ゴクリと生唾を飲み込み、握り拳を作る桜宮先生。


 ここで中途半端に逃げてしまえば、これまでの努力が全て水の泡になってしまう。


 そんな結末を迎えるくらいなら、全身全霊で、桜宮先生とイチャついてやる。そう、俺は覚悟を決めていた。

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