第3話 賭けはしないほうがいい
とあるカップルがメイズにやってきた。いや、カップルではないかもしれない。
「男鹿さん、賭けしませんか」
「珍しいなお前から。いいけど」
鉄平はニヤッと笑った。
「あの二人がカップルかどうか」
男鹿は次に来た家族連れの対応をする。数人続けたあと鉄平との会話に戻る。
「そんなのカップルかどうかなんてわからないまま終わりますよ」
「そうか? 終わったあと二人、手を繋いで出てくるとか」
鉄平はうーん、と考える。
「それもありきたりすぎます。なら……」
時計は夕方四時半、最終受付間近。あたりは薄暗い。二人は目を合わせて頷いた。
「このあとラブホテルに向かうかどうか!」
御影も松島もいない男性陣だけの受付ならではの発想。
「これこそわからないっすよ……まぁすぐそこに数件建ってますけど」
メイズは通常では薄暗い迷路屋敷、そして所々行き止まりがある。カップルにとってはムードが高まる場所でもある。
現に鉄平や男鹿などスタッフが落とし物散策や清掃で入った際にカップルかどうかわからないがキスをしてたりキス以上のことをしていたのを目撃したことがあった。(キスやハグは見逃すがそれ以上のことは警告)
またメイズのある施設の社長は近くの土地にラブホテルを建ててガッチリ儲けている。
「でも絶対あの二人は行くな」
「僕はお預けされてしまってがっかりしてしまう、という感じですかねー」
「まぁモニターでもみながら観察しますかね」
「ちゃんと締め作業もしながら……」
「当たり前だろ」
二人は受付に受付終了のフダを掛ける。男鹿と鉄平はモニターを見ながらニヤニヤしながら見る。
先ほどのカップルは暗闇の中進んでいる。どうやら二人はここに来るのは初めてのようだ。
「ほう、女の方がリードしてるから男は尻に敷かれてる」
「そいや男鹿さん、何を賭けますか」
鉄平がそう男鹿に聞く。
「缶コーヒーでいいぞ」
「自信ないんですか?」
「いや、そんなことないけどな。お前こそ自信あるのか?」
男鹿は鉄平に詰め寄る。ギラギラと油ぎった男鹿の顔。血走った目。
ああ、やはり御影と早く仕事がしたい……と思いつつもモニターを見ようとしたら
「二人、営業時間内なのになにしてるの?」
御影が立っていた。いないはずなのに?鉄平、男鹿はのけぞる。
「御影先輩?!」
「今週は休みじゃなかったのか?」
御影は部屋を片付けながら話す。
「わたしと松島さんいないとこんなに汚くなってしまうんですねー」
女性陣がいないとつい気が緩んでしまう受付事務所内。
「それにくだらない賭け事までして!」
「えっ……御影さん、いつからここに?」
男鹿は鉄平に目線をやるがそらされる。
「さぁ、いつからでしょうね! ちなみにわたしはあのカップル、付き合うこともないし、ラブホテルも行かない」
御影がモニターに目をやる。するとさっきまでのカップルの女の方がモゾモゾと動き出す。鉄平と男鹿は釘付けになる。
「まさか、脱ぐか? いやらしいことするか?」
「男鹿さん、そんなことしたら強制的に退去ですよ……でもまさか……」
しかし、女の方が綺麗に巻いていた髪の毛をベリっと剥がしたのだ。
「カツラ?!」
『あちぃ!! カツラかぶると頭むれるんだよー。それにこのヒール、痛い』
『あと少しでゴールだからよ。スタッフの目を欺けるかどうか賭けてるんだから女になりきれよ、最後まで』
『わかってるってー』
御影はモニターを見ながら笑ってる。
「あの二人、どっかの大学生で、何回か団体できてて知ってたの。おふざけや騒いだりとか……まぁ規定範囲内のことだったけどー」
鉄平と男鹿は開いた口が塞がらない。
「テスト勉強が煮詰まって息抜きでこっちきたけど、客に振り回されてる二人見れて面白かったわ」
御影は拾ったゴミの入った袋を結んで二人の前に置いた。
「ちゃんとこれを捨てて綺麗に片付けてから帰ってくださいね、明日は松島さんくるから」
「はーい……」
御影はそそくさと事務所から出て行ってしまった。
「まぁ今日は俺が缶コーヒーおごってやる」
「え?」
「なんとなーくそんな気分だ」
鉄平は自分から賭け事を申し込んだのに何故か缶コーヒーを奢ってもらえるという珍事が起きてしまって複雑な気分であった。
そしてゴミを捨てに行くついでにゴールに向かうとさっきのカップルでなくて男子大学生たちがいた。
女の方はカツラがずれていた。その二人は鉄平と目が合うと笑ってそそくさと走って去っていく。
「何が面白いんだよ」
ため息をついた。そしてその日の日誌には
「特に何も起きなかった。でもこれからはちゃんとお客さんのことをしっかり見ようと思いました。働いて一年ですが」
と書き残した。
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