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第24話襲撃

「ん……」



 身体を揺すられた。

 ぼんやり目を開くと、視界が白い。霧が出てる。

 ああそうだ、確か私たちは、縦穴の底にいたのだった。


 エリンが目の前にしゃがんでいた。「起きた! ルナリアも起きた!」

 声を上げて私の頭を叩いてくる。



「いたっ! いたたっ! やめろエリン、なんだっていうんだ」


「心配させやがって! おまえ丸一日起きなかったんだぞ!? 勇者ちゃんは先起きたのに」



 え? 丸一日? 私は目をしばたかせてしまった。ついさっきまで勇者ちゃんの前で、どうしようかと途方に暮れていた記憶しかない。

 だがどうやら勇者ちゃんを起こすことには成功していたようだ、勇者ちゃんが私に水を渡してきた。上半身を起こして、ありがたくそれを貰う。

 硬い床に寝転がっていたせいか、起き上がると背中が痛かった。



「担いで一旦キャンプに戻ろうかと思ったんだが、起きるまでなるべく動かさない方がいいとそいつが言うんでな」



 腕を組んだストレングがこちらを見下ろしながら、親指で司祭を差していた。だいぶ迷惑を掛けたようだ、と言うと、「その通りだぜ」と、太い腕っぷしで髪の毛をぐちゃぐちゃにされた。



「無事戻ってこれてなによりだ、ルナリア君」


「司祭殿……」



 周囲に皆が集まってきている。どうやら本当に心配を掛けてしまったようだった。



「そうだ、記憶食いはどうなりました?」


「逃げたままだよ、まったく気配がない。もしかしたら遺跡の外まで逃げたのかもしれんな」


「奴は遺跡の外に出れるのですか!?」


「私が遺跡の外に出ているのだ、そう不思議な話でもないだろう」



 レイモンド司祭は、つるりと顎を撫でた。

 記憶食いの分身であるというレイモンド司祭が外に出ているのだ、確かにありえない話ではない。



「すぐに追わないと! あんなのが外に出たら大変だ!」


「ふむ」



 レイモンド司祭は相変わらずの無表情だ。

 私は勇者ちゃんから手渡された水を飲み干して、立ち上がった。



「急ぎましょう、司祭殿!」


「そうだな。そうして貰えると私も助かる」



 もとより私が寝ている間に帰り支度は出来ていたのだろう、皆一斉にバックパックを背負い出した。ストレングが先頭になり、隊列を組み始める。



「よし、一旦キャンプに戻るぞおまえら!」



☆☆☆



 地上に戻った私たちが目にしたのは、壊滅状態のキャンプだった。

 眠りについている者が増えていただけでなく、怪我人もいる。

 なにがあったのかとグレイグに訊ねると、どうやら記憶食いにやられたらしかった。



「なるほど、あれが記憶食いなのか……」



 疲れ果てた表情で、グレイグが頭を振った。

 記憶食いは、突然空から現れてグレイグの隊を眠らせたのち、そのまままた空に飛んで行ったという。その方向は、橋の関所の方だった。



「より人が多いところに向かっているのかもしれん」



 レイモンド司祭が淡々とした口調で言う。



「人が多いところ?」


「餌の多いところ、と言い換えた方がいいかね?」



 私は絶句した。

 餌、という言葉にだ。記憶食いは人を眠らせて餌として記憶を貪るという。そんなものが人の多いところに出たら、その被害たるや百年前の村どころでは済まないだろう。



「なんてこと。私が逃がしたばっかりに……」


「なに言ってんだよ、ルナリアの大爆発がなかったら全員寝かされてたかもしれないんだぜ! むしろよくやったくらいだ!」



 私の言にエリンがやや語気を荒げた。

 ストレングも腕を組みながら頷く。



「そうだぜ、下手すりゃ全滅だった。まったく、睡眠攻撃があんなに厄介だとはな」



 二人が気を遣ってくれている。だが、放っておけないことには変わりがない。急いで追わなくては。

 グレイグに遺跡内であったことを話し、今ならまだ寝たばかりの隊員を起こせるかもしれない旨を伝えた。

 夢に潜れる人数より寝ている者の方が圧倒的に多いため、どこまで起こせるかわからないが、手をこまねいているよりは良いだろう。レイモンド司祭に護符を書いて貰った。

 その上で、私たちは記憶食いを追うことを伝えた。

 グレイグが承諾した、そのときのことだ。木々茂る森の中から、声が響いた。



「ついに見つけたぞ魔物どもめ!」



 武装をした一団が、森の広場の中にぞろぞろと入ってきた。

 装備が不揃いだ。一見して非正規の私軍だと分かるが、その中には魔法使いらしき人間も何人かおり、編成は本格的だった。



「なんだお前たちは!」



 グレイグが声を張る。

 すると一団が道を開け、奥から一人の太った貴族が前に出てきた。



「これはこれは、グレイグ殿。先日はゴーレムのパーツでお世話になり申した!」



 わざとらしいほど甲高い声で、その貴族は答えた。

 金色に輝く薄手の鎧が、コロコロとした体形に恐ろしいほど似合ってない。



「ワイデルマイド伯! どうしてこのようなところに? なにやら物騒な出で立ちですが、何事ですかな」


「私は今、司教さまの命を受け、魔物の討伐に出向いてきたところなのだグレイグ殿!」


「それは有難いですな! 魔物なら橋の関所方面に向かっていきましたぞ」


「なんの話ですかな? 魔物なら、ほれそこに! のう、レイモンド!」



 伯爵が腕を振った。

 伯爵の後ろに控えていた魔法使いらしき男たちが、一斉に火爆を投げつける。その対象は、レイモンド司祭。

 突然の攻撃に、私たちは避けるのが精一杯だった。私は勇者ちゃんを庇いながら、地面に突っ伏した。



「なにをなさるのですワイデルマイド伯!」



 グレイグが腰の剣に手を添えながら一歩前に出た。しかし伯爵はグレイグの言葉を意に介した風もなく大声を上げた。



「見ろっ!」



 と、レイモンド司祭を指差す。

 火爆を受けた司祭の左腕が、植物の枝のようになっていた。

 枝になった腕の根元から黒い影のようなものが漂い、焦げた枝を包んでいく。

 クルクルと、まるで包帯のように影が枝に巻き付くと、それは腕に戻った。



「ほ、本当に! ま、魔物じゃったわ!」



 自分で言いながら、どこか呆然と、伯爵。



「ま、魔物……?」



 グレイグが司祭の方を見ながら一歩あとずさった。

 視線を受けて、司祭が肩をすくめる。



「言ってなかったかね?」



 場にいる全員が、司祭を見つめていた。



「き、聞いてねぇ……。なんなんだ、てめえ」



 ストレングも、呆然としてその場に立っていた。

 司祭が魔物であることを秘密にしていたのは私だ、それは話がややこしくなるのを避けるためだったのだが、どうやら最悪の場面で正体がバレてしまったようだ。



「どうしましょうルナリアさん! バレてしまいましたよどうしましょう!」



 フィーネ君が、あたふたしながらこっちにくる。



「どうしましょう、と言われても」


「ルナリア、フィーネ、このこと知ってやがったのか!」



 怒鳴るストレングに、ことさら胸を張って私は答えた。



「知ってたさ。そして黙ってた。せっかく協力して貰えることになったのに、こんな風に動揺されたら困っただろうからな」


「べっ、別に動揺なんか……!」


「司祭殿の知識は我々に必要だった、なにか問題でもあるかストレング!?」



 言い切った。ふんぞり返って言い切った。

 言いたいことなら後で聞こう、というスタンスで私は言い切った。



「……そうだな。ルナリアの言う通りだ、司祭殿のお陰でわしらは随分助かっている。問題はない」



 頷いたのは、ストレングの隣で聞いていたグレイグだ。

 とにかくここで揉めたところで、なに一つ得がない。グレイグもそう考えたのだろう。

 グレイグの言に納得しなかったのは伯爵だ。



「問題ない!? 馬鹿な、魔物だぞ!? なにを考えてるのだキサマら!」



 伯爵が地団駄を踏みながら声を荒げた。

 ありえん! ありえん! と、両の拳を振って歯噛みする。



「事態を収拾するのに、まだ司祭殿の知識は必要ですからな」


「こ、このっ! 魔物の手先たちめっ!」



 伯爵が一歩下がった。



「やれ! やってしまえ! こやつら皆、魔物の仲間だっ!」



 伯爵の声に応え、傍らで控えていた傭兵隊長らしき男が号令を出した。

 彼らの後方で整列していた三人の魔法隊から、一斉に火爆が飛んでくる。今度は司祭だけでなく、私たち全体を狙ったものだった。



「なにをなさる、ワイデルマイド伯!」


「魔物討伐のついでに、遺跡の秘宝も貰い受ける! いけおまえたち!」



 わああーっ! と、伯爵の兵士たちが鬨の声を上げて襲ってきた。

 エリンが、ストレングが、応戦する。私とフィーネ君は勇者ちゃんを連れて下がる。グレイグや起きていた隊員も合わせて、あっという間に乱戦となった。

 


「貴様の研究資料を見つけたぞレイモンド! この遺跡の力さえあれば私は権勢を極めることもできよう! この遺跡は私のものだ!」


「君のそういうところは嫌いではないのだが、自身の身に向けられると、なかなかに鬱陶しいものだなワイデルマイド」



 レイモンド司祭が左手の指輪を口で噛んで、指から外した。

 そのまま左手に指輪を握り、呪を唱える。



「爆発!」



 と。伯爵に向けて大きな火球を放った。

 


「対抗呪文!」



 と、伯爵の後方に控える魔法使いたちが一斉に抵抗する。

 火球は伯爵に届く前に霧散し、ちりぢりになった。


 私とフィーネ君は、順に強化魔法を唱えつつ、フォローに回った。混戦だと攻撃魔法は使いにくい。

 それにしても、こんなタイミングで来るとは。

 早く記憶食いを追わないといけないのに。私の眉間には、よほど皺が寄っていたに違いない。こちらを一瞥したエリンが、クスリと笑った。



「そんな顔するなルナリア、こんな奴らすぐ片づけてやらぁ」


「そうだぜルナリア。挑んだ相手が悪かったことを思い知らせてやるぞ!」


「『やりますぜっ!』」



 ストレングとその部下たちが、一斉にこちらを向いて親指を立てた。



「皆さん頑張ってくださいー」



 フィーネ君が凄い勢いで後ろに下がっていくので、私はその首根っこを捕まえた。



「いや君は回復をするんだ。勇者ちゃんは私と一緒に魔法を」



 こうして戦闘が始まった。

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