YY6〜陰陽寮第六課・水座弥生の事件簿〜

王生らてぃ

雷獣発電機①

 七月中旬。天気、晴れ時々豪雨。







 水座すいざ弥生やよいは、駅を出た途端、土砂降りの雨に目を疑った。つい数分前まで電車の窓から見ていたのは、突き抜けるような快晴だったからだ。騒音だらけの駅の中では気が付かなかったが、思わず耳を覆いたくなるほどの雨音がそこら中に煙っていた。

 ドォーンと激しい音が鳴り、空が光る。雷だ。相当近くに落ちたらしく、地響きのように身体が震えるのが分かった。

 天候予測では今日は雨の予定ではなかったので、今日に限って傘を持ってきていなかった。弥生は駅の売店でビニール傘を買い、土砂降りの中を歩いていく。

 目的地は、高いビルやマンションに視界を遮られてもなお目にすることができる。赤くそびえ立つ鋭い尖塔、半世紀以上も東京を見下ろし続けてきた、戦後日本のシンボル。

『東京タワー』。

 何度も見ていたが、実際に足を運ぶのは初めてだ。こんな雨の日じゃなければ、もっと美しく見えるのだろうが。







「すみません。陰陽寮おんみょうりょうのものですが」



 名刺を差し出すと、入り口から遠く離れた裏手に案内される。そこには、一般の人は立ち入れない、関係者専用のエレベーターがあった。磨き上げられた重厚な金属の扉は、見た目以上に重く感じられる。

 最上階のボタンを押すと、静かに箱は上昇を始める。しばらくして扉が開くと、目の前に見えたのは、四隅に青竹を真っ直ぐに立てた巨大な祭壇だった。黒いスーツ姿の男たちの中に混じって、紫色の和服を着た人々の姿も見える。

 その中のひとり、白髪に白い顎髭を蓄えた背の高い男がゆったりとした足取りで近づいて来た。



「こんにちは。陰陽寮から参りました、水座と申します」

「主任の木山です。足元の悪い中、わざわざどうも」

「さっそく見せていただけますでしょうか?」



 弥生は木山に促され、部屋の中心に設置された正方形の祭壇へと近づいた。そのわずかな間に、部屋の様子を観察する。直径は二十メートルほど、ほぼ円形だがよく見ると正十角形をしていて、壁や床は黒く塗られている。天井はとても高いドーム状になっていて、その中心から一本の竹筒がぶら下がっていた。

 祭壇は、四隅の青竹を注連縄で繋いだボクシングのリングのような形をしていて、その中心には一際大きく立派な竹が突き立てられている。その真下には無数の太いケーブルが繋がれた機械があり、ケーブルは部屋の隅々のコンピュータや計器に接続されていた。機械の足元には何重にも結界が描かれ、その上から朱墨でさらに上書きがなされている。



「失礼。あまり祭壇には近寄らぬよう」



 後ろから、紫色の法衣を着た禿頭の男が、半ば押しのけるように弥生の前に歩み出た。祭壇のそばへと近づくと、注連縄にぶら下がっている護符をひとつひとつ確かめている。

 そのすぐ隣には、小さな子どもがいた。まだ七歳か八歳くらいだろうか。白いきれいな衣に身を包み、男か女かも見た目では分からない。すると、スーツを着た男が一台の台車を押して、祭壇のすぐそばにそれを置いた。子どもの身長ほどもある、巨大な銅鑼だ。子どもは大きなバチを手渡されると、法衣の男から小声で何かを指示され、うんうんと小さくうなずいている。



「そろそろです」



 主任の木山の言葉とともに、空がゴロゴロと鳴る、その唸りが東京タワーの鉄骨全体に響くのが感じられた。室内のスタッフたちが慌ただしく動き回り、計器やパソコンを操作する。和服姿の男たちは祭壇に向かって険しい顔つきになる。慌ただしい室内が一瞬で緊張感に満ちた。弥生は思わず身構える。



 ッッッッドォオォォオオオオオォォォ……!



 ひときわ巨大な轟音が、足元から響いたように感じられた。閃光と衝撃。思わず目を閉じた弥生が目を開いた時、祭壇の中央の青竹のもとに、光り輝く何かを見た。

 体長は、少し大きな猫くらい。顔が長く、胴が細い。二本の前肢と、四本の後肢、そして二又に分かれた長い流線型の尻尾。自分に何が起こったのかわからないというふうに、真っ黒な目でぐるぐると周囲を見回していた。



「計器はどうだ?」



 木山の声が静まり返った部屋の中に響いた。



「計器、正常です」

「発電量は? アースは無事か? タワー内と近隣施設への影響は?」

「発電量、予測よりも高い数値です!」

「近隣施設への影響は確認中」

「機器への負荷は?」

「問題ありません。アースも正常に稼働中」

「循環コイルの稼働は正常です」

「近隣施設への影響、今のところありません」



 弥生は喧々諤々のスタッフたちには興味を示さず、かわりに、注連縄越しにあの獣と目を合わせた。頬に生えた三対六本の細い髭が、それぞれ磁力を持っているようにぴくぴくと反発しあい、毛並みには時々青白い光が血管状に走る。



 その時、法衣の男が一歩歩み出て、懐から護符を取り出し、高く掲げた。呪文を唱え始めると、注連縄の中の獣がピクリと反応し、やがて祭壇の中心の青竹へと向かう。狐のような俊敏さで竹の周囲に巻き付くように走り回る。



「来るぞ。準備しろ」



 また、木山の声が周囲に緊張を生んだ。

 呪文が終わり、子どもが銅鑼を強かに叩く。落雷の如き音がすると同時に、祭壇の中心がまた、まばゆく光った。



 ッッッッドォオォォオオオオオォォォ……!



 轟音と閃光。

 すると、あの獣の姿は消えていた。



「どうだ?」

「問題ありません。一度目と同程度の発電量を確認。各計器も正常に動作しています」

「成功だ……!」



 木山の声は、喜びに打ち震えていた。







     ◯







 計器のチェックとデータの整理をてきぱきと指示した木山は、弥生を一つ下の階にある応接間へと案内した。弥生はコーヒーを飲みながら、事前に渡されていた資料と、つい先程の『実験』を踏まえた最新のデータがまとめられた資料に目を通していた。



「いやあ、いかがですかな水座さん。我が研究所の成果は?」



 木山はご機嫌な様子で弥生の前に座った。弥生はにこにこと営業用の笑顔で返す。



「お話は事前に聞いていましたが、実際に目の当たりにすると、すごい迫力ですね」

「ははは。我々も、落雷をあれほど間近で見たことなどありませんからな。喜んでいただけたなら幸いです、わざわざお越しいただいた甲斐があるというもの」



雷獣ライジュウ』。

 雲の上に住まうとされる獣だが、時折地面に落下し、また地面から高い建物や植物を伝って天へ還っていくとされ、その時に発生するのが雷だと言われている。引っかかれたり噛みつかれたりすると、毒に中てられて体調を崩してしまうこともあるが、猫のように手なずけて飼うこともできると言われている。

 だが、その『雷獣』の落下のエネルギーを、発電に利用すると聞いたときには、耳を疑った。そんなことが果たして可能なのか? それを確かめるべく、視察に来た次第だが――結果は、見たとおりだった。



「これまで構想はあれど、どの研究機関も実現には踏み切れませんでした。落雷によって得られるエネルギーは莫大ですが、位置、タイミングなど、不確定な要素が多く、また落雷は瞬間的で、継続して都市のエネルギー源とするのは難しかったのです。しかし、我々はその問題を解決しました」



 弥生には難しいことはよく分からなかったが、ともかくこういうことらしい。

 東京タワーのような背が高い、つまりは『雷の落ちやすい』建物の内部に結界を貼る。空から落ちてくる『雷獣』の落下先を、その結界へと誘導するという仕組みだ。そして、落下したときと空へと帰っていくときの双方によって発生する瞬間的なエネルギーを、巨大なコイルやら、コンデンサーやら、何やらを介することで、恒常的なエネルギーへと変換する……

 その技術的な問題を解決したのが、木山の所属する企業だというわけだ。



「技術的には、これまでも充分に可能なレベルでした。ですが、とてもコストに見合った充分なリターンなど得られなかったのです。そこへ、『雷獣』の落下を誘導し、また自在に天へ返すという話を聞いたときは、思わずひっくり返りそうになりました」



 それが、あの法衣の男たちというわけだ。

 資料に団体名が掲載されている。『尾野田おのだ星辰会せいしんかい』――民間の陰陽師を擁する企業のようだ。弥生には聞き覚えのない名前だった。

 彼らの編み出した術によって、狙った場所へ『雷獣』を落下させ、また自在に天へと送り返す。最大のネックだった「落雷の不確定性」を克服したとなれば、落雷による発電はぐっと現実味を帯びてくる、というわけだ。



「それで、実際の発電量というのは、どの程度なんです?」

「エネルギーの循環にともなうロスもありますからね。実際に使えるのは、せいぜい数億キロワットといったと言ったところでしょうか。純粋な落雷のエネルギーの一パーセント未満です。それでも従来の発電法の数倍の効率を見込めます」

「なるほど」

「ゆくゆくは装置の小型化と共に、ありとあらゆる高層建造物へ設置したいと考えています。晴れている日は太陽光発電、雨の日は雷獣発電……いや、ある程度の高さを持つ建造物なら、天候に関係なく、常に雷獣からエネルギーを得ることもできるかもしれません。雷獣は雲に乗り、空を飛び交うといいます。雲に届くほどの高い建造物――例えば電波塔などでしょうか」



 なるほど、夢のような話だ。弥生はエネルギーや環境問題にはさっぱり興味はないが、天候に関係なく、落雷の莫大なエネルギーを電力に転換できるとなれば、それは確かにすごいことなのだろうと思った。



 そのとき、扉が開いて、さきほど実験場にいた紫の法衣の男が現れた。『尾野田星辰会』の陰陽師なのだろう。六十代くらいで、かなり身体は大きく見える。



「木山さん。先ほどの実験を踏まえて、お話したいことが」

「ああ、すぐに向かいます。水座さん、よろしければ、ご一緒にいかがですか? 今日はもう『雷獣』を落とす予定はありませんが……」



 すると、男は弥生のほうをにらみつけるようにじろりと見た。どうやら自分は良く思われていないらしい。



「いえ、本日はこの辺りで。後日、正式稼働の際に、改めてご挨拶に伺います」

「ぜひ、お待ちしておりますよ。その頃には、もっとすごいものをお見せできることでしょう」



 自信たっぷりな木山に挨拶をして、弥生はエレベーターに乗り込んだ。

 外に出ると、さっきまでの重苦しい曇天が嘘のような、突き抜ける晴天だった。青い空に、赤と白のカラーリングがよく映える。こんなにタワーに近付いたのは初めてだったが、見事な美しさに弥生は溜息をついた。

 しかし、ここ最近は天気の移り変わりがどうも激しい。夏は猛暑、冬は極寒。地震や台風も、年々増えてきているように思う。せっかく買ったビニール傘も、今日はもう使わないだろう。

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