第125話 立ち食い蕎麦

「こんちわ!おっちゃん、いつもの二つ!」

 そう言うと、弥生さんはカウンターの上にチケットを二枚置いた。

「あいよ!カキ大盛り二丁!」

「カキ大盛り二丁!ありがとうございまーーす!」


 威勢が良い。

 このお店、カウンターのみの立ち食い蕎麦の店。


 弥生さんは常連らしく、堂に入っている。

 オレは、そんな弥生さんを見て、この人、こんな庶民の所にも来るんだと想いを改めていた。

 すると、ドンと、モノの30秒で大き目のかき揚げが乗った丼が目の前に置かれた。

「はい、カキ大盛りね!」

「相変わらず、速いね、おっちゃんは!」

「プロだからね、美人なお嬢ちゃん!」


 オレは、弥生さんの顔がちょっと緩んだのを見逃さなかった。

 それは、これから食べようとする蕎麦に対してなのか、それとも’美人な’という言葉によるものなのか判然とはしなかったが、弥生さんの機嫌の良いのがわかり、重苦しい気分が和んだのを感じた。


「弥生さん、ここの常連みたいですね。ここの蕎麦、好きなんですか?」

「うん?カズきゅん、私は常連じゃないですけど」

「へっ?だって、いつものって言ってましたよね?」

「そうね」

「それに、ここの大将が否定しなかったし」

「そうね」

「えっと、オレが疑問に思うのって間違ってます?」

「そうね、カズきゅんて、社会勉強の方は足りないんじゃないかしら?」

「えっと、どういう意味?」


「ここは立ち食い蕎麦のお店でしょ?しかも、ここ、流行ってて、次から次にお客さんが来るところでしょ?だったら、お客さんの顔を覚えるのって、難しいですから。それに、いつものって言って知らないとか言えないでしょ?まあ、どのみち、ここ、チケット制だから、それを見れば済むことですし。だから、そんなお客が来ても、はいはいとお客の機嫌を害さないようにするわけです。それが難波なにわ商人あきんどというものですよ」


 ここは関西じゃないけどねって思ったが、オレは、弥生さんの言う事に深く頷いた。


「ズズズーーーー!!」

 良い音をさせながら、弥生さんは蕎麦を食べる。

 対してオレは、猫舌なので、熱い蕎麦をふぅーふぅーして、なかなか食べられない。


 しかし、こうして蕎麦を冷まし、食べることに集中することで、心と頭が冷静になっていった。

 これなら集中できそうだ。


「ズズズズーーーー!!」

 すぐ横で豪快な音がした。


「弥生さん、熱くないんですか?」

 うるせーよ、とかは言わない。

 勇者だから。


「はい?私は、お蕎麦を食べる事に対してはプロなので」

「そうすか」

 オレは再び集中する。

 あの4人の発するオーラの固有振動数は掴んでいる。

 オレの現在の索敵能力は半径600メートル。

 キィに比べたらまだまだだが、それでも次第にその距離を広げていっている。

 アイツ等は、今、一緒に行動している。

 いったい、どこへ向かってるんだろう?


「ズズズズーーーー!!はあ~~、幸せ」

 弥生さんの目の前には、いつの間にか、いなり寿司が置いてあり、今度はそれに箸をつけようとしていた。

 それを横目に見ながら、オレも蕎麦を食べ始める。

 集中だ!

 オレは食べながら、索敵を続けた。


 すると、4人は立ち止まった。

 信号待ちではなさそうだ。

 そうして、何かの建物へと入った。

 オレは、早乙女の波長に自分の波長をシンクロさせ、早乙女を通して、その周囲の様子を見る。

 オレには、まだ、自分の視力の強化は出来ても、波長を探り、その場所を俯瞰ふかんで見ることはできない。


 ここは?

 どうして、ここへ?

 こいつ等、いったい!


「はうん!ごちそうさまでした」

 はっや!

 いや、そこじゃなーい!

 今入って行ったところを確めないと!


 オレは少し焦った。

 まだ、蕎麦を全部食べてなーい!

 いや、そこか?

 まあ、それもある。

 冷静になれ、オレ!


「勇者カズきゅん、何かわかりましたか?」

「弥生さん、アイツ等、ホテルに入ったようだぞ!」

「そうですか、ちょっと待って下さいね」

 弥生さんは、携帯を操作し、耳のワイヤレスイヤホンを少し弄る。


「どうやら、彼等はホテルのレストランに入るみたいですよ」

「そ、そうなのか」

 オレは、一先ず安堵した。


 弥生さんが映画で護道達が来たのを知っていたのは、そもそも護道の動向を監視していたからなのだ。

 フジグループの諜報活動は、その道のプロの集団。

 その手練れを一部動かして、護道の動向を探っていたら、まさかの同じ映画を観に来たってことだった。

 そして、今、彼等は護道の動向を弥生さんへ報告している。


 オレは、弥生さんを、ひいてはフジグループ総帥のじじいを納得させるためにも、自力で索敵し、特殊能力のある勇者であることを証明しようとしていたわけだ。


「だったら、ちょっと食べることだけに集中するんで、よろしくです」


 そして、オレも完食し、今度は弥生さん御用達らしいカフェへと行った。

 そこで、アイツ等の事を見張る。


 弥生さんは、ケーキセットを頼み、ホットコーヒーを飲みながら、携帯を弄っている。

 オレも、同様にケーキセットだが、直ぐに食べきって、索敵をしていた。


 そして、アイツ等が動き出した。

 その向かった先は、ホテルの上の方の階だった。


 ってことは?

 固唾を飲んで見守る。


 アイツ等は二組に分かれ、ホテルの部屋へと入っていった。


 どうする、オレ?



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