(掌編)流れるもの

こうえつ

(掌編)流れるもの

深夜に流れるは古い歌。


僕がまだ幼い時に、年の離れた従妹が、カセットで聞いていた。

僕が子守歌替わり聞いていた曲。


大人になって、色んなことを知った、

そして絶望した。


ほんの少しの希望をもって暮らす年齢になった。


古くなった真空管のアンプに、色が変わったジャケットのレコード。


暗めの部屋の主人は、ほのかな光を漏らしながら、古い溝をなぞって、数十年前の音を出す。


機能など置き去りのそれに、僕は幼き日を思い起こす。


ほのかに、なにかが焼けるようなにおいがして、心を返してくれる。


「小さいころは、神様がいて……なんでも叶えてくれた」


なつかしいフレーズ。

今の僕は幸せなのか。

いや、そんな感傷ではない。

歌はストレートに幼い時の、空気をそのまま部屋に吹き込んでくれる。


けっして戻れないから。

この薄暗い部屋で点くアンプが、僕に瞳を閉じさせる。

無くしたものも多いから。

擦り切れたレコードが刻ざんだ音に一瞬だけ僕が戻ってくる。

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(掌編)流れるもの こうえつ @pancoo

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