狐に化かされた

粋羽菜子

狐に化かされた

「おい、おいって、しっかりしろ、おい」

誰かに揺さぶられて目を開けた。すると、目の前には色白で細い目をした男が一人、加えて見渡す限り続く森の中にいた。僕は昨日確かに自分の部屋のベットで眠りについた。そもそもこんな場所知らないし、なんなら森に入るのもこれが初めてだ。しばらく呆けていたが、夢じゃないかと疑って自分の頬を思っいきりつねる。しっかり痛い。どうなっているんだ。

「おい!現実逃避はやめろって、こりゃ現実だぞ。」

目の前の男が僕の心を読んだかのようなことを言う。

「読んだかのような、じゃなくて本当に読んだんだよ。俺は狐だからな。ケケケッ。」

狐にそんな能力があっただろうか。だが、僕は言葉を発していないのに目の前の狐を名乗る男は会話らしきものを成立させている。本当に何なんだこれは。

「まぁまぁ、ひとまず何か食いながら話そうぜ。俺は腹が減ってるんだ。お前も腹減ってないか?」

言われてみれば、寝起きにも関わらず僕のお腹は小さくきゅるきゅるとなっている。しかし、こんな森の中で料理なんかできるのか?調理器具に食材、調味料、森の中でこれらの用意がされているとは思えない。

「調味料なんざいらねぇよ。調理器具は竹の鍋がある。美味いきのこがあるんだ。俺は他の食材を採ってくるから、お前は先にきのこを茹でといてくれ。」

寝起きで頭が働いていないのか、明らかにおかしな状況にも関わらず何故かすんなりと頼まれたことを受け入れられる。狐の言うとうり、近くにきのこがどっさり置いてある。少し離れた場所にはキャンプファイヤーの小型版のようなものが出来上がっている。ご丁寧にすでに火が起こされており、竹鍋の中には煮えた湯が入っており、ふつふつと泡が立ち上ってきている。とりあえず、言われたことはやっておこうと思ったので近くに置いてある大量のきのこを鍋に投下する。しばらく茹でていると、ふっ、と意識が遠のいていく感覚に襲われる。火の番をしなければならないと思う一方で、眠気にも似た不思議な感覚が僕の意識を徐々に遠のかせていく。あぁ、だめだ。これは寝る。そう思った瞬間、僕の意識は眠りについた。


「やぁっと寝たか。さて、それじゃ青年が茹でてくれたきのこで汁物でも作るかな。」

青年が俺の期待していた役割をきちんと果たしてくれた後、木の陰から出る。青年に煮てもらったきのこ、”きえりたけ”を食べるにはアク抜きが必須だ。そのまま食べれば、ほぼ全ての記憶が消える。アクを抜けばそれはそれは美味いきのこなのだが、調理過程にも問題がある。火の番を行えば、必然的にきえりたけに近づかなければならない。アク抜き中のきえりたけの側にいると吸い込んだ空気にきえりたけの成分が混ざっているため、意識をなくし調理の前後の記憶を失うことになる。そうして意識をなくしている間にきえりたけの香りにつられた動物たちが、根こそぎ料理を食い尽くしていく。俺も気絶している調理者の横できえりたけの炊き込みご飯を食べていった事がある。だから、俺は狐らしく知恵を絞り考えた。どうすれば自分で作ったきえりたけの料理を食べられるか。そして行き着いたのが、きえりたけについて詳しく知らない人間にアク抜きをしてもらう、ということだった。

「ま、手伝ってもらった分の礼はするさ。」

そうして、俺はきえりたけの調理を始めた。


朝、母親が僕を呼ぶ声で目が覚めた。柔らかいベットに寝ていたはずなのに、まるで地面に寝かされていたかのような感覚がある。全身が痛い。それに、昨日は森にいて誰かと話していた気がする。不思議な感覚に首をかしげつつベットから降りると、見覚えのない竹でできた水筒が枕元に置いてあるのに気づく。知らない水筒だが、ものすごく美味しそうな香りがする。こわごわと、試しに一口飲んでみると今まで食べてきたどんなものよりも香り高く、深みのある味わいの美味しいスープだった。見知らぬスープに覚える既視感をなんとなく不思議に思いながらも、僕はそのスープを一気に飲み干した。するとどこからか、ケケケッ、という独特な笑い声が聞こえた気がした。


「いた気がする、じゃなくて本当にいたんだよ。俺は狐だからな。化かすのは得意なんだ。」

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狐に化かされた 粋羽菜子 @suwanako

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