変、ですか?そうですか。

けい

第1話 兄妹のある日

 つなぐことが許される手があるだけで胸がとってもあったかくなるって、にぃと旅にでて思い出した。名前を呼ばれるだけで、胸の中がぽあっとあったかくなることも。





 とん、と屋台や店が立ち並ぶ通りを歩く人に押されて、少女の口からかぼそい「あっ」という声が出る。

前を歩く兄の背からはぐれてしまいそうになった。まだ幼いと称されるような少女は、声によって振り向いた兄に右手をしっかりと握られ、そのまま人波に流されるのを免れた。


 「ティル、大丈夫か?」


 痛くない程度にぎゅっと強めに握られた手に、心配げに自分を映す兄の樹液を閉じ込めたような濃い茶色の瞳に、ティルと呼ばれた少女 ティルフィアは頬がふにゃふにゃとなってしまいそうになるのを必死に抑えながら、首を縦に振る。


 「……だいじょうぶ。」


 言葉数少なに兄の問いに返すも、握られた手が離されないことに首を傾げて、ティルフィが兄を見上げれば少しだけ難しそうな顔が目に入る。


 ―――― 何かダメなこと言っちゃった?


 ティルフィアの思った事がある程度予想できたのか、兄は優しく微笑んで彼女を自身の傍へ引き寄せ、さっと片腕に座らせるように抱き上げ視線を合わせる。抱き上げられることに慣れていないティルフィアは慌てて落ちないよう、とっさに兄の首に腕を回す。


 「ティルは大丈夫じゃなくても大丈夫って言っちゃうから、聞き方を間違えたなって思ってたんだ。人肌恋しい僕の為にもこうして移動しようか。」

 「言わないもん…… にぃその言い方へん、ひとりで歩けるよ。」

 「そうかなぁ? えーティルフィアが離れちゃうと僕、寂しいなぁ。」

 「……にぃが両方のおてて使うことになったらおりる。」


 兄とのやり取りで気恥ずかしくなったティルフィアは、そっと兄の首元に顔を埋める。兄は「ティルは優しいね」とティルフィアの背をさすりながらも足は人の流れを阻害することなく動かしている。

 ぶつかることなく進む足取りをとても不思議そうに見つめるティルフィアに優しい目を向けながら、兄はしばらく人の混みあった通りを歩き、途中でそっと人の少ない道へと曲がり、少し進んだ所にある丸形フラスコが描かれた木板の看板が下げられたドアを開ける。

 カランコロンと柔らかな鐘の音が二人を迎える。


 「よう、ティト。お嬢ちゃんもらっしゃい。」

 「こんにちは。今日も卸しに来たよ、マルクスさん。」

 「……こん、にちは。」


 おずおずと言った調子で言葉を返すティルフィに、マルクスは気にした様子もなくニカッっと笑ってみせつつ、そのままティトと話を続ける。


 「んで、今日はどれをどれぐらい卸してくれるんだ、最近ちまたで噂の売れっ子錬金術師様よ。」

 「……僕らの話はしてないよね?」

 「あたりめぇよ。ただ、効果がかなりいいって噂になってるからな、一部買い占めも始まりそうだ。今後は作成者を探し出そうとするヤツも出るだろうよ、一応気にしとけ。」


 不穏な内容にティトは眉間にシワを寄せてお礼を言った後、重たいため息とともに本音をこぼす。卸す内容も変えていかねばならないか、と思案しながら本日分の内容に修正を加えてこの店の店主に伝える。


 「なるほどねぇ…教えてくれてありがとう。はぁぁ、めんどくせぇえ、今日は気付けの飴はっかあめ初級ポーション固形べっこうあめ下級解毒飴きんかんあめをそれぞれ30個卸しておくよ。」

 「おいおい口調崩れてるぜ、お兄ちゃん。おう、それぞれ150で買い取らせてもらうぜ。」

 「僕は、妹とゆったりまったり生きたいだけなのにさぁあ。あいよー、ちょうどだね。」


 マルクスの用意した貨幣の数をざっと視線を滑らせて確認し、ティトは頷く。ティルフィは小さな手でそっと兄の頭を撫でで腕からひらりと飛び降り、足音少なに着地する。


 「ああああ、僕の妹がとても可愛くて優しい……」

 「ティトよ、お前のそのお嬢ちゃんへの愛情抑えねぇと年頃になった時に鬱陶しがられるんじゃねぇか?」

 「そんなことになったら、僕死ねるんだけど!?」


 騒ぎながらも手早く貨幣を財布代わりの袋にしまい込むという器用なことを行うティトはマルクスの言葉にカウンターに項垂れる。

 「……うっとうし??」と言葉の意味を理解しかねるティルファはそれを見上げながら首を傾げ、兄のズボンにピッタリと張り付いている。その様子を見ながらマルクスは苦笑を浮かべ肩を竦めて言う。


 「まぁこの状況を見るにまだまだそれは無さそうだけどな!」

 「僕の妹は優しくて思慮深くて聡明だからそんなことは一生ない!……はず!!!」


 その言葉に、間髪入れずに返すティトだが最後の言葉に将来への不安が伺える。それに対して、マルクスは「最後まで綺麗に言いきれよ!」と笑いながらバシンといい音を鳴らしてティトの肩を叩くのだった。



 ぱっと見た感じあまり似ていないように見えるこの兄妹は、とても互いを思いあい支え合っている中身がよく似た兄妹だな、とほっこり思いながら店を後にする二人の背中を店主は見送った。




 「ティル、おいで。」


 店を出てすぐにティトは、かわいいかわいい妹に優しく声をかけて両腕を広げる。その言葉と仕草にティルもはにかみながら「ん。」と頷き、おずおずと広げられた腕の中に収まりに行く。


 「ちょっと、急ぐね」


 ティルフィアにだけ聞こえるように囁かれた言葉に、すりと兄の顔に頭を擦り付けることで諾の意を伝え、大人しく抱き上げられる。しっかりと抱きかかえられたのが感じられればぎゅっと手足に力を入れて離れないように兄に抱きつく。

 その動作が合図になったのか、ティトとは駆け足で大通りには戻らずに、店前を通り過ぎて古く作り込まれた路地の奥へ奥へと駆けていく。

 慌てたように大通りの方から複数の足音が聞こえてくる。

 すでに日は傾き建物の影は伸び、外の明るさと建物の影は溶け合い始めていた。右、左、左、暫くまっすぐ、右、右、右。適当に目につく角を曲がり、突き当りにいく直前の曲がり角を曲がる。追跡者達から二人の姿が全く見えなくなった瞬間。


 ずるり、


 建物の深い黒い影が伸びて二人を飲み込むように覆い隠した。あとに残ったのは何事もなかったように其処にある人気のない袋小路と建物と影だけ。

追跡者達のざわめきと大通りから聞こえるかすかな喧騒が長く響いていた。





 「あーあー、この街にいるのも潮時かなぁ。」

 「べつのとこにいくの?」

 「んー、ティルはどうしたい?この街にいたい?」


 重めのため息を吐きながら、マルクスの店からかなり離れた通りの建物と建物の間の小道から大通りに出てティトは呟く。その言葉にティルフィアは首を傾げながら問いかける。そして、兄からは逆に問いかけられてしまう。ティルフィアは兄と出会うまでの生活の関係で自分で決めることに慣れていない、だから「自分で決める」ということに慣れさせる為に兄は良く大事なことからどうでもいいことまで、ティルフィアにこうして問いかけてくる。


 「……にぃといっしょならどこでもいい。」

 「ありがとう、僕もティルと一緒ならどこでもいいんだけどさ……面倒事は勘弁なんだよねぇ。嗅ぎ回られて下手にいらない所に注目されるのも嫌だし。シャバは久しぶりだからちょっと配分ミスっちゃった。手っ取り早く稼げるのはいいんだけど、囲われるのは困るからなぁ。」


 ティトの言うことは、聞いたことのない単語が多くなる時があってティルフィアにはよくわからないことが多い。なのでつい、気になって 「?しゃ、ば??」と声に出してしまう。

 ミスは失敗ってことなのは、母が言っていたのを聞いて知っているので何かを失敗したようだとはわかった。兄のつやつやした濃い茶色の髪にくすんだ滑らかな灰色の毛束が混ざった頭を手を伸ばして撫でる。失敗した時にそうして、母がそして、目の前の兄が慰めてくれたのを経験しているから。

 兄はその後はっとした顔になって、「うちの妹マジで天使!!!シャバって言葉は自由な外のことだよ。お口が悪いからティルは使わない方がいいね!」なんて言ってティルフィアの頬に己の頬を寄せてグリグリとスキンシップをとる。ティルフィアは納得して兄の言いつけにこくりと頷いた。


 「悲しいかな、この街でも良くない人が多いから出ていこう。」

 「ん、わかった。」


 「次の街がティルに過ごしやすい街だといいねぇ」という兄の言葉を聞きながら、背をゆっくり叩かれればだんだんとティルフィアの瞼が落ちてくる。兄のぬくもりと優しい声にそのまま眠りに落ちていく。


 「おやすみ、ティルフィア。目が覚めたら次の街だよ。」


 すやすやと穏やかな眠りについたティルフィアを抱え直して、この街で泊まっていた宿屋にむかい急遽離れることになったのを伝え、荷物をまとめて街を後にした。






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【ティトのメモ書き】

気付けの飴[はっかあめ]

一般庶民の間でよく使われる眠気覚ましの飴。

青緑色したスッとしつつも爽やかな甘味のある味で舐めれば8時間は目が冴える。副作用は無ないが、舐めすぎ注意。舐めすぎ防止の為に、効果時間内に追加で舐めると強制入眠させられる。夜間のお仕事の方に大人気。


初級ポーション固形[べっこうあめ]

効果はそれほどでもないはずの怪我した時によくお世話になる飴。

ちょっとした傷なら舐めてる内に跡形もなく治癒される。舐める前にはよく傷口を濯ぐこと!透き通る薄い黄茶をしている。こちらも舐めすぎ注意。速攻性は液体には劣る。甘いもの好きの庶民にとってはちょっと高価なおやつ扱い。


下級解毒飴[きんかんあめ]

ちょっとした、中毒症状や腹下しなどに効く飴。

薄い橙色をしており、球体型。転生者や渡り曰く、味は甘い正○丸。何個も舐めたいとは思えない味。一応、舐めすぎ注意。一家に1瓶は常駐されているとの噂。


どれも大昔の錬金術士が作り出して命名した物。

多分大昔の錬金術師は転生者か渡りだと思われる。

駆け出し錬金術師、必須三大生成薬。これが作れなければ錬金術師を名乗れない。

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