冬と夏と夢の中

春嵐

第1話

 夢を見た。

 夏だった。たぶん、街外れの避暑地。海岸線があって、外縁を走る幹線道路があって、そして。小さな家がある。縁側。

 エアコン。つきっぱなしだから、消した。風鈴の音が消えていく。

 奥から、彼が来る。


「消すなよ」


 エアコン。

 風鈴が、また揺れだす。


「送風機能だよ。気にすんな」


 すいか。綺麗に、三角錘さんかくすい。わたしが切ったら、こんな上手くはできない。

 ひとつ取って。

 食べる。


 そこで、夢から覚めた。

 エアコンの音。

 すいかの味は。分からないまま。

 しばらく、彼の姿を探して。彼に手でふれようとして。

 記憶が、ゆっくり、消えていく。

 夢。

 何を探していたのかも、おぼろげになっていく。

 起きた。

 すこし暑い。エアコンをかけすぎたかもしれない。


 外に出た。

 少しだけ、雪がちらついている。冬。まだ、積もるほどではない。

 夢のことを、考える。

 何かを、求めていたような。現実よりも大事な何かを。忘れてしまう。

 忘れたことは思い出せるのに。肝心なところが抜けている。どうせなら、忘れたことすら忘れたかった。心の、いちばん深い部分で、何か引っ掛かったみたいな感じ。手を伸ばして届かないぎりぎりの位置に、何かがあるみたいな。


 街を歩く。ここではない。ここも違う。何を探しているのかも分からないのに。歩き続ける。雪が、ほんの少しだけ強くなってきた。そろそろ、積もるかもしれない。

 街外れ。

 海岸線は、雪と曇りで見えない。幹線道路。車はほとんど通っていない。

 歩道。幹線道路に歩道があったことすら、なんか、曖昧。無かった、気がする。いつできたんだろう。この歩道。


「あ」


 白い息。

 何も、ない。

 何もなかったことが、何か、分からないけど。何かがない。この場所。

 分からない。

 でも。

 ここには、何かがあって。わたしは、それを求めている。

 しばらく立ち尽くして。


「積もるかな」


 上を見る。

 雪。

 降ってきていた。

 積もるまえに、帰ろうか。

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