デンタル ケア
Jack Torrance
第1話 デンタル ケア
ロゼッタ ヘンダーソン。54歳。夫のアダムは新進気鋭のIT企業の社長兼筆頭株主でロゼッタの属している階層は俗に言うセレブリティ。ロゼッタは自然の摂理に全身全霊を傾けて逆らうべく老化という現象、即ち女性、いや人類において最大の悩みを除去しようと奔走していた。ボトックス、豊胸手術、脂肪吸引、全身エステ、酸素カプセル、全身脱毛、エクステンション、睫毛美容液、挙げれば切りが無いくらいの有りと有らゆる美容関連のものに手を出していた。ロゼッタにとっては、金という物質はあくまでも欲を満たす為の手段であり、ロゼッタにとっては美こそが全てであり、その美に対しての執着心は太古のロマンに夢を馳せている学者のようであった。なので、ロゼッタの外見は30歳そこそこに見えるくらいの美貌とプロポーションを維持していた。その美容の一つにデンタル ケアも含まれていた。美容仲間で同じくセレブリティのアンナから電話があった。「もしもし、ロゼッタ。あたし、最近の情報で何処か良い美容形成とかエステの店で一押しってのある?」「いいえ、今のとこは前から行っているとこと何も変わってないわ。アンナ、あなたこそ何か良い情報あるの?」「あなた、駅前のホワイト デンタル クリニックって知ってる?」「いいえ、知らないわ。そこ、いいの?」アンナが食い気味に喋り出した。「あたしも人から聞いて行ったんだけど。まだ開業して半年くらいらしいんだけど口コミで評判が広まって予約も2週間待ちらしいのよ。ラミネートベニア、ホワイトニング、歯周病の治療、どれを取っても上手いらしいって聞いてあたしもこの前に行ったばかりなのよ」「ふーん、それでどうだったの?」「良かったわよ。先生がダグラス ホワイトって言う人でマスクしてたけどブラッドリー クーパーみたいな感じで男前で感じも良いのよ」「へえー、そうなんだー。あたしも今度予約して行ってみるわ。良い情報ありがとー。じゃ、またね」こうして、ロゼッタは駅前のホワイト デンタル クリニックを訪れた。診察室はそれぞれ個室で区切られていた。白を基調とした空間で印象派の画家モネの絵画が飾られていて高級なクリスタルの花瓶にラベンダーや薔薇などが生けられていた。空間デザイナーが手掛けたと言っても過言ではないくらいの見栄えだった。これなら、富裕層のセレブリティが予約して来るわよねと思わせるクリニックだった。診察室に通され暫し雑誌に目を通しながら待っているとホワイト医師が入って来た。「こんにちは、ヘンダーソンさん。当医院のダグラス ホワイトと申します。よろしくお願いします」ロゼッタは思った。アンナの言ってた通り。顔はマスク越しだけどブラッドリー クーパーみたいだし、声はブルース ウィリスみたいで渋いわ。これで腕がいいってのならまた来ちゃうわよね。「ヘンダーソンサン、今日はどういったご要望で?」「ラミネーとベニアなんですけど。見栄えがあまりにも白すぎて不自然にされてる方いるでしょ」「仰っている事よく解りますよ。要するに、自然でナチュラルにお見せしたいという事ですよね。お任せください」ホワイト医師は手際よく処置していく。ロゼッタとゴルフやテニスの会話をしながら。ロゼッタはいい男に見られたくない口内をまじまじと見られているうちに、いつの間にか恥辱から陵辱されているような気分に陥り性的欲求を感じていた。夫のアダムはその潤沢な資金力で若いモデルを囲いセックスライフを満喫していた。ロゼッタとアダムの間はもはや紙幣という紙切れのみで繋がっているという状況だった。なので、ロゼッタがホワイト医師に抱いている感情は不貞ではなく女の子が理想の男の子に抱く恋愛感情のようなものであった。「終わりましたよ」ホワイト医師が手鏡をロゼッタに渡して見てもらう。素晴らしい出来映えだわ。ロゼッタは己の美貌に酔いしれる。「先生、お上手。あたしもホワイト先生のクリニックに通っちゃおうかしら、ウフフ…」「ヘンダーソンさんのようなお美しい方でしたらいつでも喜んでお待ちしていますよ」「あら、先生ったら、お上手」ロゼッタは隔週でホワイト医師のクリニックを訪れ、処置の合間も趣味の話などに興じてホワイト医師への思いは膨らんでいった。一度、待合室で受付のカウンター越しにマスクを外したホワイト医師を見た。細く通った真っ直ぐな高い鼻柱。薄い唇にシャープな顎のライン。益々、ロゼッタの彼が欲しいという情欲は高まりその晩は自慰行為に耽った。ロゼッタがホワイト医師のクリニックに通い出して7ヶ月が経とうとしていた。駅前の老舗高級デパート、バーニーズに日曜の午後に出掛けた。目ぼしいアイテムをチェックしながら買い歩いていたら紳士服売り場を通りかかった。ブルックス ブラザーズの売り場で長身の見覚えのある顔に遭遇した。ホワイト医師だ。子ども心に気付かれないようにそっと背後から近づき声を掛けた。「ホワイト先生」くるりと身を翻しホワイト医師がロゼッタを見たホワイト医師はにこりとその磨き抜かれた白い歯を覗かせて爽やかな微笑であたしを見てくれるとロゼッタは待ち構えていたのだが…ホワイト医師は満面の笑みでにこりと笑った。その覗かせた歯は歯列矯正が必要なくらいの乱杭歯で、黒く虫が食っており、黄褐色に着色していた。ロゼッタは理想の男性のその意外性に唖然とした。「せ、先生、その歯はどうなされたんですか?」「ホワイト医師は頭をポリポリと掻きながら言った。「まいったな。不味いものを見られちゃったな。実は僕は大の歯医者嫌いなんですよ。なのに何故歯医者さんなのって聞かれても困るんですが…医者の不養生という奴ですかね」「歯医者を受診するおつもりは?」「今のところ、とんと無いです」ロゼッタは思った。彼を想像してふしだらに乱れた自分。ハイスクールの時のような意中の彼に思いを馳せていた時のような甘酸っぱい感覚。あたしのこの恋のときめき返してちょうだい。「それじゃ、先生」口さえ閉じていればという思いに駆られながらロゼッタはデパートを後にした。
デンタル ケア Jack Torrance @John-D
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