第2話 カクラム商会
朝食を取り終えたケビンは店を後にし、エタンの運転するトラックに揺られながら見慣れた町の風景を助手席の窓から眺めていた。
このバーンウッドは調査隊が大々的な任務を終えた現在、主にシップ内の浅い階層で発見された物を搬出し、その回収物を流用、加工した製品を物流のメインに発展を遂げてきた。 近年では畜産物にも力を入れている。
それら物流の中心的な拠点は、町の北東部にあり、ケビンの目的地でもある“カクラム商会”だ。
カクラム商会はあらゆる都市に物流拠点を持ち、この大陸の物流の多くを担っている大商会。
バーンウッドにその拠点を構えているカクラム商会は、ここが調査拠点だった時からキャラバンとして活動し、現在では数十人規模の農村から数百万人の住まう王都まで商いの手を広げ、米粒サイズのネジから大木ほどの鉄柱を運搬するだけの力を持つようになった、人々の生活には無くてはならない商会となっている。
カクラム商会の建物は大きな礼拝堂を模した作りとなっているのが特徴で、レンガで出来た建造物としてはこの町で最も大きい場所と言っていい。 その商会の正門まで送ってくれたエタンに礼を言い、ケビンは商会の入り口に向かう。
「おはようございます。 リュネット会長に頼まれていたご注文の時計を持ってきました」
「おはようございますケビンさん。 では、今日は納品ですね?」
入り口に立ってる見知った男性と、もはや常套句と化した挨拶を交わす。
ケビンは背負っていたバッグから懐中時計の入った箱を差し出した。
「はい。 三つお願いします」
「分かりました。 それでは私が受け取っておきましょう。 ですが、前回から幾日も経ってないのに、もう三つも……」
「もちろん手は抜いていません。 カクラム商会に卸すのに、半端な仕事は出来ませんからね」
カクラム商会ほど巨大な組織となると、コンプライアンスと物品を見定める見識眼は一級品だ。 それは組織末端の商人に至るまで一切の妥協は無い。 そして、だからこそ商会としての信用は格段に高く、その言葉は正当な評価と受け取ることが出来る。
「疑ってなどいませんよ。 あなたの作った時計は評判がいい。 もう少し値を上げてもいいのでは?」と、職人にとっては嬉しい賛辞をケビンは受けるが――。
「あまり彼を張り切らせるようなことは言わないことです。 これ以上無理をして体を壊されでもしたら目も当てられません」と、メガネをかけたグレーのスリーピースにハットを被った男性が建物奥の扉から出てきた。
「分かってますよ会長。 ただ会話も無く取引相手を待たせるのもどうかと思いまして、浅慮を働かせたまでです。 でも、ケビンさんの時計の評価は方便じゃないですよ」
その男性こそ、カクラム商会の会長、リュネット・ライゼフ。 茶色掛かったショートの髪とハットのフチから除く金縁の丸メガネは、本人曰く、商売相手に自分を一目で覚えてもらうための印象付けらしい。
「それには私も同意見です。 彼の時計は既に一流の域だ」
「そんなに僕を煽てて、今日はまた何をたくらんでるんです会長?」
「正当な評価を口にしているだけなんですが、疑われるとは悲しい。 ですが企みと思ってくれるなら、ひとつ頼まれてくれませんか?」
「構いませんけど、何です?」
「ええ、このアタッシュケースなんですが、バーンウッド卿の下へ持っていってほしいんです」
そう言ってリュネットは手にしていた銀色のアタッシュケースを胸元に持ち上げた。
「それくらいでしたら。 ……どうせまた骨董品いじりに使う部品なんでしょ?」
「まぁ、お察しの通りです。 あのジャンクマニアの注文は手に入りにくい物ばかりでいつも難儀します。 しかも今回は特注品ときた……」
本当に辟易したとでも言いたそうに会リュネットは顔を伏せ眼鏡の位置を直す。
「物好きですよね、相変わらず。 それじゃあ、確かに預かりました」
「ありがとうございます。 助かりますよ、ケビン」
ケビンは手渡されたアタッシュケースを掲げ、その場を後にした。
「あなたにとって、今日が素晴らしい一日になりますように」と、リュネットの決まり口上を背中に受けながら。
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