壊れないものは創れない(魔術師の正位置)
ある日の午後、私は趣味の一環でもある手芸にいそしんでいた。というのも、買い込んでいた生地が多くなってきた為、消化をするついでに何か作りたいと思ったのがきっかけだ。
「あ、この生地破れてる……安売りしてたやつだし仕方ないんだろうけど、これだと作れるものが限られちゃうな」
当初予定していたものを作るには、若干生地が足りない事に気付き、別のものにしようか悩んでいると、後ろからにゅっと顔が出てきた。
「ほんとだね、かなり破れてるみたいだ」
「相変わらず悪趣味な登場だね、マジシャン……それ心臓に悪いから程々にして欲しいんだけど」
「そう言いながら既に慣れているじゃないか、からかいようが無くなって寂しいくらいだよ」
基本的に何でも話してはくれるものの、どこか掴みどころのない『魔術師』の正位置は、おかしそうに笑いながらそういった。毎回若干の違いはあるものの、何となく想像がつく登場をするということもあって、最近はそこまで驚かなくなった。
然しふと気が抜けている時にやられると、心臓に悪い。悪戯好きは程々にして欲しいと何時も注意するが、聞く気が無いのか懲りないので、諦めつつある。
「それより、主は何を作ろうとしていたのかな?」
「最近使ってたポーチの代わりを作ろうと思ってね。今までは直し直し使ってたんだけど、ついに直せない範囲にまでなったから、新調しようと思って……でもこの生地の量じゃ足りないから、別のものにしようか悩んでたの」
私の言葉に、彼の表情が明らかに暗くなった。その理由は何となく分かってはいたが、敢えて触れずに話を続ける。
「そういえば前使った生地がまだ余ってたし、それと合わせれば足りるかも。私が使うものだし、何より世界に一つだけのものって感じが作れるしいいかもね!」
「……主は意地悪だね」
「……話したいと思ったなら、聞いてあげる」
「はは、主には叶わないよ……大方想像はついているんだろう?」
彼は創造を司る存在、それ故に創造に関する悩みを抱えている。その悩みが最大に達した時、彼から接触してくるからすぐに分かる。
でも、私は敢えて最初にはそれを聞き出さない。無理やり話させたって本音を聞き出せないから。何よりこちらが全て察してしまうと、今後も察してくれると思い段々会話をしなくなってしまうこともあるからだ。
「僕の存在意義を、考えていたんだよ」
「どうして?」
「知っての通り、僕は創造を得意としている。でも、どうしても創れないものがあるんだ」
「創れないもの?」
「壊れないもの、だよ。永遠のものは創り出せない……そんな僕が、創造を司っていていいのかなと思ってね」
彼の創造力は、計り知れない。どんなものでも創り出せる彼にとって、唯一創れないものがあるというのが引っかかっているらしい。
「そっか、そんなことを考えてたんだ」
「主はどう思う?」
「……いいんじゃない? 創れないものがあっても」
「……え?」
「だって壊れないものを創れてしまったら、逆位置さんの存在意義が無くなるじゃない。それに、物がいつか壊れると分かっているから、大事にしようと思えるわけだし……貴方には物の大切さを伝える力だってある」
永遠がないと分かっているから、人は一度きりの人生を良くしようと奮闘できる。大事な人との時間を大切にしようと思える、愛おしいと思える。それは彼に創れないものがあるから分かること。そして彼にはその重要性を伝える力がある。ずっとあるものなんてないから、後悔のない選択をする方がいいと。
「あくまで私の考えだけどね」
「僕は……完璧で無くてもいいのかな」
「この世に完璧なものは生まれない。何処か欠けているから惹かれ合うし、補い合おうとする。人の生涯だってそう、いつか終わりを迎えると知っているから、今を懸命に生きようとする……永遠に続くものの方が案外つまらないかもよ?」
私の言葉に納得がいったのか、彼は静かに頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます