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「ここに一冊の日記がある。書き手の名前は、水原桜」
病院の近所にある公園のベンチに三人は座り、三枝大樹は、傍らの鞄の中から、表紙が桃色のノートを手に取った。
「日記の説明の前に、今回の事件のあらましを、改めて振り返っておこう。事の始まりは2015年の11月28日土曜日。都立八津ヶ崎高校の屋上より二人の生徒、水原桜、門倉桃慈が落下。恐らくは投身と思われる。水原桜の方は即死、門倉桃慈の方は意識不明の重態だが、一命は取りとめた。八津ヶ崎市内の病院の集中治療室にて、懸命な処置が行われていたが、事故から5日経った昨日、漸く意識が戻ったとの事。彼らが飛び降りた経緯は、水原桜が受けたいじめが原因だとされていた。彼女の靴と、いじめを受けた事を告白する手紙、まぁ遺書だな。これらが発見され、しかもその手紙には、水原桜の指紋しか無く、筆跡も本人に間違い無かった。これを受けた警察は、周囲生徒や教師等への聞き込みを開始。いじめは非常に陰湿に行われていたようで、公然とした事実や目撃証言等は全くと言っていいほど出ては来なかった。しかし、遺書の存在を全くの紛い物と論じる事も出来ず、警察は一応の決着をつける為、今回の事件を犯人未定の、いじめによる自殺、若しくは心中事件として発表し、依然として捜索は続けると宣言した。ここまでが、今朝一番に広まった、現在市井のメディアで公然とされている事実」
大樹はノートをパラパラと、まるで色づいた花弁が落ちるような速度で捲っていく。
「このノートから読み取れるのは、水原桜が送っていたであろう何気ない学生生活の日々程度。このノートを読んだ者は、ああ、きっと水原桜と言う女生徒は、徒然ながらも穏やかで明るい学生生活を送っていたのであろうと推測する事が出来るだろう。そんな彼女が、何故屋上から投身自殺を図るに至ったか……、やはり、今も暗闇の中に姿を隠している卑劣ないじめを行った犯人達がいるのか? 謎は深まるばかり……」
「そしてここに、もう一人の当事者の手記があるっす」
大樹の隣に腰を掛けていた女性、楢井崎圭が、膝の上に置いていた水色の表紙のノートを手に取り、目の前の人間に突きつけてみせた。
「名前は、門倉桃慈。そう、水原桜と共に校舎の屋上から飛び降りた、もう一人の当事者っす。このノートは、二人の交換日記っす。シュレッダーに掛けられていた物を、拾い集めて何とか繋ぎ合わせたものっす」
圭が水色のノートを、清流を川魚が泳ぐような速度で捲る。
「ここには、陰湿ないじめの数々が、克明に記録されているっす。これを書いていたって事は、門倉桃慈は水原桜をいじめていた共犯者なのか? だったらどうして、彼はあの日、水原桜と共に校舎から飛び降りたのか。その辺りの真相を、もしかしたら貴方なら知っているんじゃないかと思い、本日お尋ねした限りっす」
二人は同時に、手の中のノートを閉じた。
「話して貰えるね。今回の心中事件、何があったのか?」
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