第114話 プロフ

「それにしても、うんざりする光景だな」


 眼前の下方、見える範囲で言えば20体ほどの敵の姿に、恐怖などを通り越して呆れかえってしまう。


『最前線はやっぱり新鮮』


「そりゃ、お前にとっては新鮮だろうが……って前にもこんな話をしたよな」


『過去は大事。そこから学び、私はいつだって未熟なあなたを死なせない為にここに居る』


「言ってくれる……それでお前に何かあったらどうするんだよ」


『私は絶対にあなたを守る。だから私に何かある時は、あなたもお終い』


「なるほど、一心同体って訳か。じゃあ、お前が倒れない限り、僕が先にやられる訳にはいかないな。それにしても回避しながら攻撃か、僕に出来るかな?」


『大変なのは最初だけ。すぐ慣れる』


『おしゃべりはその辺でお終いにして、そろそろ降下位置よ』


『キョウ、こっちが危ないと判断したら、すぐに介入するからな』


 エフテもアリオも、僕とプロフの世界に遠慮なく介入して何を言ってるんだか。


「分かってる。言い出した手前、無様な戦いはしないさ」


 南極上空、およそ20体の赤いドラゴン。

 そんな索敵情報に対し、普通なら絶望を覚えるのだろうか。

 それぞれがヒュドラよりも大きな個体。

 赤い鱗を鈍色に輝かせ、地表に見える大穴を守護するガーディアンたち。


 そう、あの大穴こそが、決戦の地への入口だ。


 そんな最終盤の局面に対し、アルゴー号の操縦室からその光景を見た僕は、たぶん笑っていた。

 その僕に顔を向けたプロフも、ニヤリと笑い、そのやりとりで今回の作戦は決まっていたんだ。


 僕とプロフでやらせてくれ。皆は船を守ってくれ。

 そう言った僕の言葉はプロフとミライ以外の全員に反対と判断された。

 それでもじっくりと説得した結果、最終的にはミライの推薦で作戦は許可された。


『エフテとアリオ、そしてメロンの懸念は杞憂に終わる』


 そんなプロフの言葉と共に、僕とプロフのエイジスは、アルゴー号の先端に向かう。


『キョウ、気を付けて……』


 メロンからの通信に手を上げて応え、プロフと共に空中に躍り出る。

 EMP対策としてグライダーにもなるフライトユニットを装備して、奴らの警戒網の上空から強襲。

 アルゴー号は地表まで降下し、落下防止のパラシュートも使って降りてくる僕らをキャッチ。

 これを繰り返す。

 EMPが無ければ、フライトユニットのエアジェットによる推進、機動を行い出来るだけ空中に留まる。

 使うのは両手に装備したエイジス用の実剣だ。

 一応、腰裏にフリキとオルギも装備してあるけど、こっちはお守りみたいなもんだ。


 翼によって旋回滑空しながら戦場に向かう。

 僕はなんとなくだけど、EMPは使われない、そんな予感がしていた。


 たぶん、アイツらは僕たちを恨んでいる。

 リベンジを果たすため、強者故にその矜持を守る。

 それは、実にバカげた妄想だ。

 好敵手?

 残念だな、僕らにそんな感慨はない。

 それに好きで倒す訳じゃない。

 あの大穴を死んでも守るというならば、今回も、狩り尽すだけだ。


 一体の赤い竜が高速で上昇し、灼熱の火弾を放つ。

 先行するプロフがあっさりと弾いてから横にスライド。

 僕は最短距離で降下し、その翼を断つ。

 単分子の超振動ブレードは、以前よりも斬れ味がいいな。

 サブリめ、いい仕事をする。


 出来るだけ多くの個体を屠るルートをミライが算出、僕とプロフはその軌跡をなぞる。


『EMP来ない! そのまま上昇して!』

 

 群れに対し上から下まで抜け、八体の火竜を残骸に変えた。

 僕とプロフはジェット推進で一気に上昇する。

 その間に、アルゴー号からアリオとエフテ、メロンのエイジスがレーザー砲やミサイルを放ち牽制する。

 僕とプロフによる二人の出撃は、結果として僕らとアルゴー号の二手に分かれたことで、どちらが本体か絞らせない効果を生んだ。


 それでも、お前らを潰すのは、今回もだ。


『キョウ、私たち良いパートナーになったと思わない? 別の個体でも息がぴったり』


 二人、上昇しながら会話を交わす。

 サブリを失ってから、僕らは必死で連携を重ねてきた。


「ホントだな。同じボディを扱っていた時は、あんなにチグハグだったのに」


 自然に浮かぶ記憶を不思議だと思わないまま、僕らは昔話を続ける。


だから、相手のことがよく分かる』


「ホムンクルスになって良かったか?」


『……うん。甘いモノ、食べられた』


「それだけかよ」


 他愛のない話をしながら、僕らは指定高度に到達する。


『だって、キョウと同じ体になったのに、結局、私は負けちゃった』


「ん? 負けてないだろ? 今回も僕たちが勝つ!」


『そっちじゃない、キョウのばか……先に行く』


「おいこら待て!」


『防御は任せて』


―――――


「本当に二人だけで勝てちゃうなんてね」


 格納庫内に響くエフテの呆れ声。


「勝てて嬉しいのに、なんだか面白くないな」


 アリオは不満を隠そうとしない。


「競い合う必要はないだろうに、それにミライの見立て通りだったんだから」


 僕とプロフの勝利への確信は何の裏付けもなかった。

 それでも、ミライが僕らの作戦を許可してくれたんだ。


『EMPがあったらまるで別の展開だったけどね』


 ミライも予想以上の結果と見たのか、苦笑しながら答える。


「その時は自由落下で、何度も繰り返すだけ」


 プロフは素肌にタオルを巻いてドヤ顔だ。


『それでもずいぶんやられちゃったねぇ』


 ASATEが、プロフのエイジスが持ったままの盾を検分しながら言う。

 その盾は熱溶解によって穴だらけだ。


「……もう少し強度上げられるか?」


 僕の口から勝手に言葉が零れる。


『耐熱ってこと? んー、船にある素材を積層構造で作ったんだけど、これ以上だと、後は重量を犠牲にするしか……』


「もっと重くて平気。だからもっと守れるようにして、サブリちゃん」


 プロフは頑なにASATEの事をサブリと呼ぶ。


『機動力を、犠牲にするかもしれないよ?』


「それでも、かまわない」


 プロフは真剣な顔で答える。

 それから僕を見上げ、邪気のない顔で笑う。


「キョウは、私が守る。それが、私がここにいる理由だから」


 メロンが小走りに近づき、僕の左腕を取る。


「き、キョウは渡さない」


 いや、そんな話はしてないだろうが。


「今はね。私は次に期待してる。だから、キョウとメロン、二人を守る」


 プロフは少しだけ小悪魔的な笑顔を浮かべ僕らに拳を差し出す。

 僕はメロンと見つめ合い、それから二人で、小さな守護者の拳に触れる。


『さて、これでいよいよ最終決戦だ。もうPPP反応を惑星上で探す必要はない。なんとなく分かると思うけど、あの大穴の下に最後の敵がいる』


 僕らの団欒の中にミライが近付き、そう告げる。


「〝眠らずの竜〟か」


 アリオが拳を握りしめる。


『さてさて、勝てるのかなぁ』


 サブリが弱気な声で続く。


「最善を尽くしましょ。それに準備は全部済んでいるもの」


 エフテがはっきりとした声で言う。


「ワタシも、頑張ります!」


 メロンも両手の拳をぐっと握り、思いつめたような声を上げる。


「気負いすぎるなよ。それにお前は「金色の羊毛」まで辿り着かなくちゃいけないだろ? 自分の身を守ることに専念してくれ」


『そこは安心してよ、皆が倒れてもボクが必ずメロンを連れて行くからさ』


 僕たちが倒れる前提かよ。

 

「でも、そうだな、ミライが付いていてくれれば安心だな」


 ミライの頭部を撫でる。


「他人事みたいに……キョウがメロンをエスコートする役目。それを忘れないで」


 プロフは意志のある瞳で僕にそんな確約を求める。

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