第94話 現状打破への道

 エフテとミライの技術論はそれからも続いたけど、難しい話は頭の中に残らない。

 僕はホントにAIだったのか? と劣等感を抱く。


「それでね、信号伝達の入出力効率も上げられて、自分のカラダを動かすのとほとんど変わらない操作を約束します!」


 サブリはきっちり理解できているんだよな。さすがエンジニアAI。


「動作時間はどうなんだ?」


「これから実測するけど、恐らく五分くらいまではタイムラグ無しで運用できると思う。それから同期の乖離が始まってシンクロ率は右肩下がりね」


 アリオの懸念にサブリが苦笑で答える。


「五分か……これ、もっと伸ばせないのか?」


「レベル10相当になれば理論上24時間稼働ができるそうよ。若干、遅延は発生するけど。そもそも人だってそんなにフルに動けないでしょ? 疲れたり眠くなったりするからね」


「そのためのレベル上げ……」プロフがなるほどと頷く。なるほど。


『皆も今は朝一で同期剤を摂取してるけど、レベルが上がればこれも必要なくなる予定。そのためにレベル上げっていう活動が必要だったんだ。稼働時間じゃなくて、負荷をかけた、いろんな行動をすればするほど練度は上がる』


 ポイントは、敵を倒す以外でも得られるってのはそういうことか。


「レベル上げ……メロンの意地悪じゃなかったのね」


 プロフが呟きメロンが膨れる。おお新鮮な表情だな。


「ワタシはみなさんの安全と効率を考えていただけです。他意はありません」


『そうだよ。キョウが目覚めて、実にのんびりと活動をしてて、稼働時間の制限はあるけど急かす訳にもいかなくて、メロンもずいぶん悩んでさ。でも004、ピンクボムって敵を倒すのにキョウが手こずって、慌ててアリオを稼働させたんだ』


「ああ、電磁砲が効かなくって、岩石落としをしたんだ。あの辺りから状況が進んだ気がする」


 それまでは作業としか感じなかったからな。


「それが無ければ、私たちはまだ眠っていて、キョウとメロンだけで暮らしていたのかも」


 プロフの呟きに、なるほどと思う。

 アリオの目覚めが自然ではなく、意図したものならば、他の皆も必要があって目覚めたってことか。


「ついでだから言うとね、目覚めたアリオがやたらとアグレッシブで、このままだと、どんどんレベルが上がってしまうって青くなったそうよ」


『どうしようどうしようってボクに泣きつく時間が増えたからさ、いつでもボクがアドバイスできるようにインターコムを着けさせたりしたんだよ』


 エフテがバラし、ミライが続ける。

 ああ、それで。

 ホムンクルスのくせに外部機器を着けるなんて違和感だったからな。


「確かに、俺がちょっと外で活動しただけでえらいポイントが溜まってな、キョウは今まで何をしてたんだ? って不思議だったし、最終兵装エイジスって存在も知ったから二人でどこまでも行こうと考えたんだ。……だからすぐにエフテが起きて来たのか」


『そうそう。もっともレベル云々じゃなくて、アリオにキョウを取られちゃうって予想外の心配をしてたんだけどね』


 赤面してミライを睨むメロン。

 それはミライの言葉を認めている証拠だった。

 言い返さないのは、おそらくミライに逆らえない?

 まあ、これまでそれだけ依存してきたってことか。

 ……え? 僕とアリオだと?……確かに惚れてしまいそうな力強さにキュンとしたけどさ。


「そのエフテちゃんは男性同士の劣情を愛好する特殊性癖……」


「ちょ、プロフ! やめなさいよ。……おほん、オチはどうでもいいとして、わたしだけだとレベル上げの行動に歯止めがかからないから、一気にサブリとプロフを起動させたのよ。狩人の数が多ければ一人あたりの獲得ポイントも下がるでしょ?」


 多分だけど、それだけじゃない。

 エフテの好奇心というか疑惑の目というか、いつか真実に辿り着かれてしまう懸念からサブリとプロフは起こされたんじゃないかな。

 サブリの中途半端な記憶に引っ掻き回されたのは事実なんだ。

 

「そうだよね、あたしなんか戦闘職じゃないから足手まといになってアリオの足を引っ張りそうだもんね」


「実際、敵の数が減ったからポイントを稼げなくなったからね。ひょっとしてメロンが間引きしたとか?」


「そんなことしてません!」


 僕が突っつくとメロンが慌てて弁解する。可愛いな、おい。


「で、その状況に慌てたキョウが、いて地下の捜索を求め、遭難したと」


 サブリが腕を組みながらうんうんと頷く。


『あの時はいろいろと慌てたよ。結果オーライだったけど、誰が死んでもおかしくなかった』


「でもいざという時はそれまでのバックアップで復活したんでしょ?」


『ホムンクルスの材料が無いから、復活する場合は、またAIとしてだけどね』


「そう考えると、多少の無茶も出来そうだな!」


「アリオのそういう好戦的なところもあるから、死んだら終わりの人間として自覚させた運用をしたかったんだろうけどね。それにその体を失えばエイジスに乗れないって言ったでしょ?」


 呆れ顔で話すエフテ。

 それにしてもまるで総集編のようなネタ晴らしだな。


「そうだった。答え合わせはまた後にして、今はとにかく現状打破だ! サブリ、もう乗れるのか?」


「ごめんごめんもうちょっと待って、各アクチュエータの物理的な調整するまで待って」


 サブリは作業に戻る。

 アリオはポージングを続け、皆はなんとなくその光景を眺める。

 おそらく、さまざまな情報を自分なりに咀嚼してるんだと思う。


 僕としても、経緯はなんとなく分かったけど、実は肝心なところが気になっていたりする。

 エフテの話だと、僕は戦闘個体AIらしい。

 これまでいろんな場面で浮かぶ記憶の断片が、僕のこれまでの過去を表しているんだと思う。

 でも、なんとなく、皆から特別扱いされていたような気がする。

 それは自惚れなんだろうか。

 プロフを見る。


「そのいやらしい目は何?」


 僕の視線を感じたプロフがひどい言いがかりを付けてくる。


「あ、いや別に……」


 言い淀むと隣のメロンが不満そうな顔で見てくる。

 嫉妬心か? 僕がプロフを見たのはそんなんじゃないぞ?

 なんであの子は僕を守ろうとしたんだろう。

 まあ、エフテも似たような感じだけど、戦闘個体として失えないパーツって思うからなのかな?

 だから僕が最初に目覚めさせられた?

 メロンの騎士役として。

 ……メロンの寂しさを埋める、相手として……。


 以前メロンは言ったじゃないか。

 僕と出会ったのは僕が目覚めた後が最初だって。

 久しぶりに人を模して動く存在に、刷り込みのような好意を抱くのも必然だったってわけか。


 メロンが不安そうな顔で僕の服の裾を掴む。

 開き直ったメロンは僕に対する想いを隠そうとしない。

 想い?

 人間がホムンクルスに?


 いや、少し前まで僕がそれを証明してたじゃないか。

 人がホムンクルスを好きになる。

 僕が体感していた事実じゃないか。


 それは禁忌なのか?

 今メロンが感じている不安は、僕にはとてもよく分かる。

 今僕が感じている不安も、メロンはきっと理解している。

 僕ら二人、それぞれの立場で言い知れぬ不安を感じていたけど、僕はメロンの頭を撫でながら、心配すんな、と小さく笑った。

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