第92話 リスタート

「やあやあみんなおはよう! 気持ちの良い朝だ!」


「重役出勤で現れたと同時に、そういうテンションなんだ……」


「しかも寝台室から来た。別宅?」


 別宅言うな。


「メロンと仲直りでもしたんでしょ?」


 エフテは相変わらず聡いなぁ。

 

「エフテの悪態も三か月ぶりだからとても気持ちがいいな!」


「気持ちがいいのは別の理由でしょ? まあいいわ。吹っ切れた?」


「ああ、僕は「金色の羊毛」を目指す」


「よく言った! お前がどんよりげんなりしてると覇気がどんどん吸われる気がしてな、いやあ良かった! メシを食おう!」


 じっと黙っていたアリオが破顔する。

 僕は呪いの道具か何かなのだろうか?


「その前に、皆に聞いてもらいたいことがある。昨日からずっと混乱したり、色々を考えたりしてると思う。その中でも、僕らが元はAIで、ホムンクルスの肉体だったって事は大きな問題だ。でも、なんでメロンがそんな嘘を吐かなくちゃいけなかったか、それだけは知っていてほしい」


「キョウの事を好きになったから、言い出せなかったんでしょ?」


「それに、一人だけ人間で、あたしたちが創られた存在って認識しちゃえば、ロボットの家来を従えてるみたいで寂しいよね」


「どっちにしろ疎外感は味わう……」


「他にも、死の恐怖に怯える役目を俺たちに感じさせたくなかったってのもあるんだろ」


「現実問題としてメロンにとってこの星の大気は毒だから、わたしたちが船外活動するしかなかったんだけどね」


「それだって別に正直に言えばいいだろ?」


「自分は外に出られず、私たちに託すしかないって罪悪感があったってこと……」


「ああ、それで帰還時の洗浄システムがあるんだね~」


 えっと、僕の話の途中なんだが……。

 シュン、と寝台室に続く扉が開く。

 乱れたメイド服もそのまま、慌てたメロンがそこにいた。


「き、キョウ、良かった、どこに行っちゃったのかと、ワタシ……」


 そこまで言ったメロンは、急に押し黙り、はだけたままのブラウスのボタンを留めはじめる。真っ赤な顔で。


『すでにたがが外れたようで、皆にはご迷惑をおかけします』


 メロンに続いて現れた円筒のボディが体を少し前傾させる。会釈のつもりだろうか。


「ミライもおはよう。初めての全員集合の朝ね」


『おはよう! エフテ。それに皆もおはよう! おはようが言えるって、言える相手がいるって嬉しいね! メロンなんかさ、思いつめるとボクが話しかけても知らんぷりだもんね』


「ちょ、ちょっとミライ、変なこと言わないでよ」


 皆が挨拶を返す中、メロンだけは不平を告げる。


「実に人間らしい……あざとい」


「まあ、あえてクールを装っていたんだろうけど、たまにポンコツになってたよね」


『それはきっとボクがサポートしてなかった時じゃないかな? エイジスに乗った後、初めて感じた五感のフィードバックにくらくらしちゃって、しばらく休眠状態だったんだ』


「まあその辺にしといてやれよ。ミライには悪いけど、朝飯にさせてもらおうぜ」


 僕の話は普通に流された。

 誰もメロンの嘘に怒らないのだろうか。

 各々が食事の準備をしていると、メロンが僕に近付く。


「あの、えと、おはよう……」


 僕の服の裾を摘み、上目づかいで小さな言葉を零す。

 よせ、やめろ、また寝室に逆戻りさせる気か!


「性欲の強いホムンクルスって設計ミスなんじゃないの?」


「ケダモノのDNAが混ざってる……」


「仲良しなのは結構だけど、自重してよね」


 僕らをジト目で見る女性陣が辛辣だ。

 クソっ、こんなことなら作戦継続宣言なんてするんじゃなかった。

 この地で永住する選択を!


「二年半の蜜月を選ぶつもりならそれでも構わないわよ」


 エフテはさっさと焼きサンマ定食を啄みながら僕を見ずに言う。


「だいたいさー、人類の滅亡を回避するために「金色の羊毛」を手に入れても、そこでポンポン人間が産まれるの?」


 サブリはフルーツポンチを啜りながら問う。


「そもそも、成人状態? 赤ちゃん? どうやって発生するの? その場合、魂って実装されてる?」


 プロフは言いながら、生クリームで埋め尽くされたアップルパイをナイフとフォークで優雅に頬張る。


「そうか「金色の羊毛」を手に入れても、俺たちが生身の肉体を手に入れられる確証は無いのか」


 アリオは、とろろのかかった鰻丼をがっつきながら呟く。


『生命の住む星には必ず「金色の羊毛」があって、発生する生物をカスタマイズできるってことしか分からないからね。卵が先か鶏が先か、ひょっとしたら人間に繋がる進化の過程をトレースして、その根源の生物を生み出すのかも』


「単細胞からってこと? 何億年もかけてたらメロンだって寿命で死んじゃうでしょ」


 数億年も生きられるワケないだろうが。


「それ以前に、幻想生物の発生を止めてもらわないと、人の住む環境にならないわね」


「とりあえず「金色の羊毛」に辿り着けばその辺もはっきりするんだろ? で、理想は今の生態系を切り替えて、人が生きられる環境にしてもらう。あわよくば、俺たちに本物の人体を創ってもらい、その中に入る」


「理想はそこね。その後は船の設備を使って生活しながら子孫を増やす。そうなったらメロン、申し訳ないけどキョウを独り占めできないからね?」


 エフテの言葉に、僕とメロンは黙って見つめ合う。


「だ、ダメっ」メロンがハッとした後に叫ぶ。


「別に色恋だの愛憎だのに興味はないわよ。いざとなったら採取だけさせてもらえばいいわけだし。ま、医療行為と割り切ってちょうだい」


 どんな医療行為だよ。

 そしてメロンも顔を赤くするなよ。


「お前は何で俺を睨むんだよ。安心しろ、メロンはお前専用だから」


 アリオが僕を見て言うが、え? 無意識に殺意を持っていたのバレた?


「ねえちょっと聞いた? アリオってば、あたしたち三人を孕ませる気まんまんよ?」


「人のカラダを貰う時、もっと頑丈な体にしてもらわなくちゃ、もたない……」


「あのなぁ、安心しろよ。これまで不思議と性欲ってヤツが湧かないと思っていたし、今でもそれがよく分からん。行為が嫌なら精子の提供だけで全然構わんぞ?」


「別に、嫌な訳じゃないけどさ……、それに、あたしもそういうのよく分からないし」

 

 サブリはアリオから視線を外し、少しむくれながら呟く。


「私たち、元がAIだから性欲なんて知らない。キョウが異常なだけ」


「黙って聞いてれば、僕をオチに使うのは止めていただきたい!」


 それにしてもエフテもミライも静かだな。

 ははん、さてはウブだな?

 メロンも俯きながらトーストをかじっている。

 あれ、いつの間に、僕のご飯は?


「さて、朝食の後はさっそく現状を打開する行動に移りましょう。わたしも向こうでいろいろと調べていたし、具体的な方針も出せると思う。久しぶりに来て、リーダーらしく振舞うのは少し烏滸おこがましいと思うけどね」


 烏滸おこがましくなんかない。

 どうしょうもない状況だったのは事実だけど、三か月も右往左往していたのは、間違いなく僕らのリーダーが不在だったからだ。


『何はともあれ、リスタートだね』


 ミライの声が明るく響く。

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